小川一水 天冥の標Ⅴ 羊と猿と百掬の銀河

第5巻は前の巻から十数年後に小惑星パラスで農業を営む中年男タック・ヴァンディの物語と、この連作の当初から関わっている超知性ノルススカインの来歴が交互に語られる。 はっきり言ってこの二つの物語は全くと言っていいほど繋がりがない。

タックのパートは、まずは微小重力下での農業の描写も見事。そこに起こるであろう問題点もかなりリアルに予想していて面白い。タックと、娘のザリーカ、図らずも同居することになる地球から来た女アニーの三人で様々な問題に直面するが、という話でとても面白い。のんびりした話かと思えばザリーカが何者かに誘拐されてしまうという急展開に。とはいえ他の巻に比べれば大事件には至らず、正直シリーズ全体からすると無ければ無いでもよい話だとは言えるのだが、火星を荒れ地に換えてしまったレッドリートという植物や、実はアレだというザリーカ、謎の女性アニーの正体など今後の展開に関わってくるのかもしれない。

ノルススカインのパートはある惑星の海の中で目覚めた彼が、他の生物のネットワークに寄生しながら数千万年をかけて広大な宇宙を旅する話。これはシリーズの大きな設定の中核を明らかにする重要なパートで、このパートには「断章1」のサブタイトルが振られている。これまでの各巻に「断章2」や「断章4」、そしてこの間の最後の方に「断章5」があってこれらがノルススカインと敵であるミスチフの一連の物語になっていることに読者はここで初めて気づくという仕掛けになっている。

ノルススカインは情報網の中にだけ生息する、いわば情報知性体で、本来は共通意識を持つ生物の群れの中に住む者なのだが、コンピューターのネットワークの中などにも生息し、分岐していく。第1作で出てきた「ダダー」ものそのひとつである。ただこれは数千万年を生きた超知性でありながらちょっと考え方が人間に近すぎる気がする。もしレムが同じような知性を描いたらどんな風に表現しただろうな、と思ってしまう。

というわけでいよいよシリーズも中盤。全10巻の第5巻だから半分きたと思っちゃうが、これからは一巻で2、3冊のものが多くまだまだ先は長い。次作第6巻「宿怨」はなんと3冊に及ぶ巨編。救世群がいよいよ人類に牙をむく。