キース・トーマス ダリア・ミッチェル博士の発見と異変

2023年。ダークマターを研究する天文学者ダリア・ミッチェル博士は宇宙の彼方からの知的生命体からの通信と思しき電波信号を受信する。この信号の解読に科学者チームが結成されるが、これはメッセージなどではなく、人類のDNAを直接書き換えて進化を促すコードだったのだ。 この信号は天の一角から地球のほぼ全域に降り注いだため、世界中で異常な能力に目覚めるという異変を訴える人々(上昇者)が爆発的に増え、あたかもパンデミックの様相を呈していく。 この様子を後日関係者へのインタビュー集として構成したという異色のSF作品だ。 すごい。よく考えてある。

SFで「異常な能力に目覚める」というと「ローダンシリーズ」みたく念動力やテレポートとかの超能力に目覚めるような先入観があるが、ここでの「上昇者」の能力はそういうものではない。本来人間には知覚できない重力波や超音波が見える・聴こえるとか、死んだはずの人が見えるとかその能力は様々で、しかも昔のSFみたいな都合の良いものではない。それどころか突然の能力の発現で混乱し茫然自失となった人々が事故を起こしたりと社会的な混乱を引き起こす。当初原因不明だった「上昇」は感染症を疑われたりもする。頑なに陰謀論を唱える人物がいたり、上昇者に恐れを抱いて攻撃的になる人々がいたりするところも含めてすごくリアル。 それを後日人々が語ったというスタイルでちょっと突き放した目で記述していくという内容は、読んでてあの原発事故のドキュメンタリー「チェルノブイリの祈り」を連想させる。

まあSFとすれば、遠い星の宇宙人が地球人を勝手にアップデートしようと信号を送ってくるわけで大きなお世話だ。WindowsiOSも起きたら勝手にアップデートされててなんか画面違うなということがあるが、それがたとえばWindows10から11へとかのメジャー・アップデートだったら大問題になる。停まってしまうPCもあるだろうし、ユーザーによっては今必要なソフトが動かなくなる場合もあるだろう。そんなことを人間にやられたらたまったものではない。それをやられた世界のお話だと捉えると、人々のリアクションも含めて理解しやすいと思う。

この作品が出版されたのは2019年、すなわちコロナ禍が世界を襲う前の年なのだが、「上昇」が世界に与えた影響とコロナがよく似ているところも非常に興味深い。

さてこの作品原題は「Dahlia Black(ダリア・ブラック)」。この事件の中心人物であるダリア・ミッチェルのファーストネームであるダリアはともかく、「ブラック」はどういう意味なのか。ちょっと調べたら終戦直後のアメリカで「ブラック・ダリア事件」というの未解決の猟奇殺人事件があって、今でも時々話題になるらしい。これは1947年にエリザベス・ショート(彼女の愛称が「ブラック・ダリア」)という当時22歳の女性が殺害され腰のところで切断された遺体が発見されたというもの。結局犯人は捕まらずいまだに未解決のままだ。この惨殺事件を「上昇」による人類の大量死と結びつけたのだろうか。

ラストの無力感も印象的で、非常に面白かった。装丁もめちゃくちゃ凝ってる。 竹書房文庫この作品の他にもすごく攻めてる作品多いのでちょっと気になってる。