光文社古典新訳文庫 19世紀イタリア怪奇幻想短編集

これは発売当初から欲しいなと思ってたのだが近所の本屋さんで仕入れてくれなくて、先日隣県の巨大書店を訪れたときに見つけたので購入。

オカルトっぽいものから寓話的なものまで9作を収録。9作とも全く知らない作家の作品で、オペラ「メフィストフェーレ」の作曲家としてだけ知っていたアッリーゴ・ボイトがその兄カミッロ共々作家だったのは知らなかった。

タルケッティの「木苺のなかの魂」は使用人の娘が行方不明になる事件が発生、数か月後領主である男爵が狩りに出て、あたりに実っていた木苺を食べたところ異常が発生する。行方不明の娘の意識が男爵の意識と重なるという異常な状況はちょっと藤子不二雄の短編にありそうな、不気味なようなユーモラスなような不思議な作品。

ピーカ「ファ・ゴア・ニの幽霊」は自分の望みと引き換えに見知らぬ日本人の命を引き換えにした青年が、自分が死なせた日本人の幽霊に付きまとわれる話。日本人の描写や名前が滅茶苦茶なのはご愛敬。

アッリーゴ・ボイトの「黒のビショップ」は黒人と白人がチェスで対決するがその挙句…という、黒人に対する差別・偏見がてんこ盛りの、今だったらとても発表できない作品だ。いや作者のスタンスが差別的なのではなく、この時代はそれが当たり前だったし、その通りに記述しただけだし、作者が差別的な意味でこれを書いたのではないことは結末に現れているとは思う。

カミッロ・ボイトの「クリスマスの夜」これは作品集中一番印象に残った作品。愛する双子の姉(妹かも)エミリアとその娘の姪ジョルジェッタを相次いで失い、自らも体調不良に悩む青年ジョルジョがミラノのクリスマスの夜、エミリアに似たお針子と出会い一夜を共にするが...という話なのだが、ジョルジェッタの父親は誰なのか、なぜエミリアは娘を連れて実家住まいだったのかという肝心なことが書いてない。またなぜエミリアに似た娘に対して歯を抜くという異常な仕打ちをするのかもよくわからない。近親相姦的な何かをにおわせているのだろうか。常軌を逸したジョルジョの行動を単純な狂気とするのはあまりにも軽い解釈だと思う。ラストの陰惨さも強い印象を残す。

巻末のインブリアーニ「三匹のカタツムリ」はイタリア民話集あたりに出てきそうな民話っぽい話なのだが、とても子供には話して聞かせられないエロ小噺で面白い。面白いけど「幻想短編」ではないと思う。

という具合に、紹介しなかった作品も含めてどの作品も面白かったのだが、ニエーヴォの「未来世紀に関する哲学的物語」という作品だけはちょっと…これは1860年に未来を予測して書かれた一種のSFで、私はこういう架空歴史もの、ましてや未来予測したものが好きではない。これは書かれた時期が古いので他の同種作品に比べてもずれが大きすぎるし、1891年に発表されたウィリアム・モリス「ユートピアだより」みたいな、もしその時代に考えられた共産主義の理想が実現されていたら、というような示唆を今でも読む者に与える作品と違って、今読む価値はゼロになっていると言わざるを得ない。何しろこの作品ではロシア革命第一次世界大戦もナチズムも共産主義の台頭も起こらない。人類は作者の予想よりもはるかに陰惨な歴史を刻んだわけで、作者の未来予測は全く甘かったと言うしかないのだ。全くつまらなかった。

あと冒頭の「訳者まえがき」に各作品のあらすじが書かれてしまってるので要注意。