ジャック・ヴァンス 天界の眼 切れ者キューゲルの冒険

国書刊行会が出した「ジャック・ヴァンス・トレジャリー」全3巻のひとつ。

ジャック・ヴァンスの作品にはいくつかのシリーズ物というか同じ世界が舞台の作品があるのだが、これはその中で「ダイイング・アース」という世界観を共有する作品の中のひとつ。これははるかな未来、太陽が衰えて世界が滅びを迎えつつある時代の、科学が衰退し魔法がはびこる世界を描いたシリーズで、このシリーズには短編集「終末期の赤い地球」と「魔術師リアルト」シリーズ、そしてこの「キューゲル」シリーズがあるらしい。

この「天界の眼」はキューゲルシリーズの、バラバラに発表された7作品を収めたものだが、魔法使いイヌカウヌに北の僻地に放り出されたキューゲルが、復讐のために苦難しながらそこから戻ってくるという一貫したストーリーに沿っているので、今これを読む我々は長編と見做していい。読んでみるとわかるが、これはもうRPGの世界そのもの。行く先々で様々な難題が起こりそれを解決ながら進む。

...なのだが、この作品のすごいところは、主人公キューゲルが全くの卑劣漢で同情の余地のない男だという事なのだ。そもそもイヌカウヌに魔法で僻地に飛ばされたのも盗みに入った罰に「天界の眼」というお宝を奪ってこいと命令されたからだし、目的のためには相手に嘘をついて騙すなど当たり前。ヒロインと思われた美女ダーヴェ・コレムも第3話で早々に蛮族に売り渡してしまう。自分の目的が最優先で、正義感などかけらも持ち合わせていない。もちろん昔から「悪漢小説(ピカレスク・ロマン)」というのはあるが、そういう作品の場合悪人にも悪人たる理由があることが多い。だがキューゲルにはそんなものはない。彼はただただ卑怯で利己的なのだ。こんな主人公、最近の創作物でも滅多に見ない。

でもそれがめっぽう面白いのだから始末に負えない。

ヴァンスらしくキューゲルの訪れる街の風物や人々の様子が見事に描かれるが、遠未来とはいえ地球だけが舞台なので他の作品でのよその惑星の描写みたいに羽目は外さない。魔法の護符とかのRPGな要素がゴロゴロ転がっているのが当時は相当新鮮だっただろう。今読むと感心してしまう。キューゲルの辿った道筋を地図にできそうなくらい詳しく書いてあるのもさすが。そして意外な、いや因果応報なラスト。いやー面白かった。

実はキューゲルシリーズには「キューゲルズ・サーガ」なる、この作品の直接の続編があるらしい。前述のダーヴェ・コレムの件もそうだが、投げっぱなしの伏線らしきものも結構あるし、その辺回収しちゃうのか?ぜひそっちも読みたい。国書さん出してくれないかな。