スタニスワフ・レム 火星からの来訪者

国書刊行会のレムコレクション第2期、第4巻はレムのSF作家としての事実上のデビュー作である中編「火星からの来訪者」に初期の短編4作、さらに若い日の詩作をまとめた「青春詩集」を収録した一冊。

表題作は、火星からやってきた謎のロボット、アレアントロプスを巡って科学者たちが試行錯誤を繰り返すという作品で、ファーストコンタクトの困難さを描いたという点では地球が舞台ではあるものの、のちの「エデン」や「ソラリス」にどことなく似た部分がある作品だ。その一方でアレアントロプスがいつの間にか充電を済ませて凶暴化するという、他のレム作品ではほとんどお目にかかれないアクションシーンもあり、物語の舞台が米国に設定されていることもあってなんだか普通のアメリカSFに似た印象もある。のちのレムの作品を考えると結構通俗的な内容だとは言えると思う。

短編は「ラインハルト作戦」「異質」「ヒロシマの男」「ドクトル・チシニェツキの当直」のいずれも本邦初訳の4作を収録。このうち「ラインハルト作戦」と「ドクトル・チシニェツキの当直」は長編「失われざる時」の第2部、第3部の一部を短編として切り取ったものらしい。「失われざる時」はレム自身が第1部「主の変容病院」を除いては封印してしまった作品で、わが国でも「主の変容病院」の部分だけが読めたのだが、一部分とはいえ続きが読めて興味深かった。

「ラインハルト作戦」は戦時中のポーランドで、主人公がユダヤ人と取り違えられて絶滅収容所に送られそうになるというかなりヤバい話。これをレムはかなりクールに描いている。「ドクトル・チシニェツキの当直」は戦後のポーランドで産科医として働く主人公の一夜を描いたもの。どちらもリアリズムあふれる短編で、これはやっぱり「失われざる時」の完訳を読みたいなあと思わずにはいれなかった。「マゼラン雲」ができたんだからできないことないでしょうに、と思ってしまう。

「異質」は第二次大戦中の英国を舞台に、偶然永久機関を作り上げてしまった少年と、その報告を受けた教授の話で、これはちょっとSF寄りの作品だ。ラストの無慈悲さには驚いてしまうが…

ヒロシマの男」は広島への原爆投下を受けて、現地にいた諜報部員の日系人の友人を探しに入るという話。当然レムは来日したこともなく、原爆についても報道やルポで読んだだけなのだろうが、そう考えると原爆の惨状をかなり的確に描いているのではないだろうか。レムには原爆の製造についての短編で「原子の町」という作品もあり、核兵器についてはかなり強い興味があったようだと伺える。ただこの作品は結局(核兵器の、ではなく)戦争の倫理問題を扱っただけの作品になってしまったのが惜しい。

巻末の「青春詩集」は若書きの詩12編を集めたもの。レム自身に「わざわざ日本語に訳さなくてもいい」みたいなことを言われたそうだが、私もレムに賛成かな(笑)