ストルガツキー リットル・マン

ストルガツキーの「Noon Universe」の一作で1971年の作品。日本では英語版よりも早い1973年に深見弾氏の訳で「ソヴェート文学」という雑誌に掲載されたが、その後は全く出版されていない幻に近い作品。今回掲載雑誌が手に入ったので読んでみた。

「Noon Universe」ではおなじみのゲンナジー・コモフを隊長にした調査隊がパンタ人という種族の移住先を探す「ノアの箱舟」作戦(英訳では「Ark Project])のためある惑星を訪問する。そこは一見移住先としては十分な条件を備えているように思われたのだが、そこで彼らは以前遭難した地球人の宇宙船の生き残りの少年に出会う。彼は遭難時まだ一歳の赤ん坊で、どうやって生き延びたのかも不明なうえ、人間としてはあまりにも不自然な能力を持っていた。少年を育てたと思われるが姿を現さないこの惑星の原住民の知的生命とコンタクトしようとするコモフだったが…という物語。

実はこれ以前に読んだことがあるのだが、久々の再読で細部は忘れていたことも多かったことあり非常に興味深く読んだ。この作品は、時代的には「収容所惑星」と「蟻塚の中のかぶと虫」の中間にあたる。「蟻塚…」の中でレフ・アバルキンの上司だったゲンナジー・コモフとヤコフ・ヴァンデルフーゼ、それにシリーズ終盤の重要人物であるマイヤ・グルーモワが登場する。もう一人のクルー、スタニスラフ・ポポフの目を通して謎の知的生命とコンタクトを取ろうとするチームの行動を描く作品なのだが、結局はこの星の原住生物に「遍歴者」の息がかかっている事に気づいて撤退を余儀なくされてしまう。地球人でありながら「彼ら」に育てられ(あるいは改造を施され)異常な能力を持つリットル・マンはただひとりでこの惑星に残されたと思われる物悲しいラストを迎える。

このシリーズで繰り返し語られる「異常な事態への対応」が物語の焦点で、そういう点でもいかにもこのシリーズらしい冷やっこい作品で読みごたえがあるのだが、なにせ翻訳が粗削りで読みにくい。この雑誌が刊行された1973年当時にはまだ「収容所惑星」すら翻訳されていないという事情はあるが、タイトルの「リットル・マンからして変だ。「リトル・マン」ならいざ知らず「リットル」って…

この作品の原題は「Малыш」。英語では「Baby」または「Kid」の意味で、のちに出た英訳版のタイトルは「Space Mougli」となっている。これは宇宙で置き去りになった少年をキプリングの名作「ジャングル・ブック」の主人公モーグリになぞらえたものだ。邦訳タイトルもこれに近いニュアンスのものにしてほしかった。

マイヤ・グルーモワの名前がすべて「マイカ」になっているのもおかしい。これは原文では「Майя」で「マイヤ」または「マーヤ」が正しい。翻訳の原稿の「ヤ」を「カ」と読み間違えたのだろうか?深見弾さんは名翻訳者として有名な方だし、後日単独で出版ということになれば前後の作品とのつながりも考慮して全面的に見直されたのだろうけど…

原文にあるのだろうけど他の作品と年号が合わないのも腑に落ちない。「ピルグリム号」の遭難は34年となっているが、「蟻塚」ではレフとマクシムの生年が38年となっていて、マイヤはレフより3つくらい下となっている。この作品でのマイヤが20歳ぐらいだとすると、この物語はピルグリム号の遭難から27~8年経っていることになる。少年(リットル・マン)は12~3歳とされているからそれはおかしい。その辺は最近の版では修正されているのかな?

そういうことも含めてこれは、ほかの「Noon Universe」との関連を探っていくのも非常に楽しい一作。年表とか人物一覧とかヒマがあったら作りたい(笑)