伴名練 なめらかな世界と、その敵

2019年だったかに単行本が出て話題になった日本SFの新星による6作収録の短編集。今回文庫化されていたので購入して読んでみた。

作者は1988年生まれだから私より一世代下。まず巻頭に置かれた表題作「なめらかな世界と、その敵」の冒頭でその異常で錯綜した内容に衝撃を受ける。これは一種の前衛文学なのかと思いながら読み進めると、主人公たちの世界が多元世界を行き来するのが当たり前の世界だということが分かってくる仕掛けだ。非常に興味深い作品だが、「Seamless」を「なめらかな」と表現するのはちょっと違うかなと思う。「なめらかな社会とその敵」という名著があって、この作品のタイトルをタイトルをそれに寄せたかったのだろうか。

伊藤計劃『ハーモニー』へのオマージュ作で、ナノマシンの技術で人格が変更してしまった天才少女と財閥の坊ちゃんの愛憎劇「美亜羽へ贈る拳銃」、抱擁した相手を「いい人」に変えてしまう恐るべき能力を持った女性にあてた彼女の妹の書いた書簡の形式をとるホーリーアイアンメイデン」、さらにAIに支配された世界を構築してしまったソヴィエトが世界の覇権を握りそうな時代を描いた「シンギュラリティ・ソヴィエト」と、この作家は基本的に認識や意識のコントロールをテーマにしているらしいがどれもプロットも文体も非常に練ってあってレベルが高い。

ラストに置かれた「ひかりよりも速く、ゆるやかに」はこの作品集中ではやや異色の作品だが、一番の傑作。これはある日主人公ハヤキの同級生たちが修学旅行中で乗車していた新幹線が突如停止する事故が起きるのだが、新幹線は時間の経過が低速化したものと判明する。この事件から起こる様々な社会的影響と、残された主人公たちの心情が見事に描きこまれて秀逸。他の作品はともかくこれだけはSFが苦手な人にも読んでほしい。

それにしてもこのカヴァーイラストはどうにかならなかったのだろうか。ラノベにしか見えないし、全く内容にもマッチしていない。売れ行き的にもこのカヴァーで相当損していると思う。文庫化でも全く変更がなく、いささか呆れたのだが。