SFマガジン編集部・編 アステリズムに花束を

SFマガジン2019年2月号は「百合SF特集」という企画で異例の大ヒット。雑誌なのに重版がかかるほど売れたらしい。これはそのヒットを受けて2月号に収録された5作に書き下ろしなどの4作品を加えて文庫化した百合SFアンソロジー

 

今話題の草野原々、伴名練をはじめ中国のミステリ界の俊英・陸秋槎、さらには小川一水などそうそうたる執筆陣である。百合度は作品によってかなり差があるが、百合とか気にせずにSFアンソロジーとしてかなりよくできた作品集になっている。

突然誰もいなくなった町で見つけたメッセージを書いた誰かを探してさまよう宮澤伊織「キミノスケープ」や濃密な伴名練「彼岸花」など前半の5作も良いが、後半のソヴィエトを舞台にした南木義隆「月と怪物」と陸秋槎「色のない緑」が見事だった。「月と怪物」は両親を失って浮浪児同然の生活をしていた姉妹が、姉の超能力を政府に見込まれ研究所のようなところに収容されるといった物語なのだが、ソヴィエト時代の陰鬱な様子がうまく書き込まれそこにちゃんとSFも百合要素も盛り込んで完成度高い。一方「色のない緑」は近未来を舞台に自動翻訳を研究する大学で同級だった友人同士の女性3人の物語。SFの要素も百合の要素も薄いが、かなり文学的な作品で読み応え十分。出世作の「元年春之祭」という作品がかなり面白いらしいので読んでみたい。ちなみにこれはまったくSFではなく、2000年ほど前の中国を舞台にした百合ミステリらしい。

巻末の小川一水「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」はガチな宇宙SFで、木星型惑星を舞台に、その惑星のガスの上を泳ぐ鉱物の「魚」を採る漁師たちがいくつかの士族を形成して、その伝統が300年続いている。そんな因習で縛られた社会で女同士でペアを組んで漁を始めたテラとダイだったが…という、この作品中でも最も一般的な意味でSFらしい作品。非常に面白いが、テラの喋りがいかにも現代女子っぽいのが逆に違和感あるかも。

というわけで「百合」というくくりがどうしても前面に出てくるので拒絶反応を示す人もいそうだが、そういう人も単に現代日本SFのショウケースとして読んでみると結構いけると思う。女子同士で絡み合うようなシーンはほとんどないので安心して読んでみて。