ジャック・ヴァンス 夢幻の書

五人の魔王子に復讐を果たそうとするカース・ガーセンの最後の標的はハワード・アラン・トリーソング。

トリーソングはオイクメーニの警察組織IPCCを乗っ取ろうとして失敗。その頃偶然トリーソングが写っているとされる写真を入手したガーセンは、それを餌にトリーソングを釣り出そうとするが、調べるうちに次のトリーソングの狙いが究理院の乗っ取りだと気づく...

という風に、今回はガーセンの側が敵に対してどんどん仕掛けていく展開。しかもトリーソングに対してガーセン以上の恨みを抱く者も登場するというパターンが新鮮。今回登場する惑星はヴェガ星系のアロイスシャス、ボニフェース、ヴァン・カーテ星系の1000以上の独立国家を持つ惑星モウダーヴェルト、烏座892番星の惑星で野生動物の宝庫ペテューン天然境。特に最後のペテューンはなかなか凄いところだ。

トリーソングはIPCCや究理院を手中にしようとするなど野望はでかいが、これまでの四人の魔王子たちに比べるとあまり強力な会社とか、私兵のような悪事を働く時の後ろ盾になるような組織を持っていなさそう。なぜマウント・プレザントの作戦に参加したのだろう。と言うか、そもそも結局マウント・プレザントの虐殺について、なぜ起こったのか、なぜとてもお互いに相いれなさそうな五人が共謀したのか、そういう細部のはっきりした記述は無しのままシリーズが終わってしまった。

この作品の鍵で、タイトルにもなっているトリーソングが書いた「夢幻の書」はヴァンスのファンタジー作家としての片鱗が見えるもの。そういえばこのシリーズには全巻を通じて『第9次元からの書簡』という神話(ファンタジー)めいた書物からの断片が引用という形で挿入されているのだが、これが本編と関連が見られない。一体これはどういう含みがあったのだろう。

これで魔王子シリーズ全五巻も終わりということになるのだが、巨大な星間国家オイクメーニという大風呂敷を広げて、おそらくは作品に書かれなかったかなり詳細な設定がありながら、この五作で終わってしまうのは惜しいように思えてしょうがない。オイクメーニは26の惑星を持つ壮大なリゲル星系を中心に多数の惑星を抱え、作品に登場した「圏外」の惑星を含め登場した惑星の設定の細かさには目を見張るものがあるし、オイクメーニの社会構造そのものも、警察機構IPCCや謎の多い「究理院」などももっと説明してほしい気もする。しかし、作品としては語りすぎないくらいのこれくらいでいいのかとも思う。

この作品単体でも、たとえば若き日のトリーソングにとってマドンナ的な存在だったと思われる少女ザーダ・メマーの死の真相など、結局曖昧なまま終わった部分もあり、作品自体もシリーズ全体も、もっと読みたかったというようなそういう余韻の残る質の高いSFミステリシリーズだったと思う。