米澤穂信 さよなら妖精

入院中に読もうと古本屋さんで買ったのだが、この作家って「古典部」シリーズや「小市民」シリーズでお馴染みの「日常の謎」系の推理ものが得意な作家。

あの二つのシリーズが正直言って馬鹿馬鹿しいと思うのは、例えば「氷菓」で、なぜ千反田えるが教室に閉じ込められずにすんだかとか、そんなどうでもよい「謎」を解いたとこで何の意味もないし、もっと問題なのはこれらの「謎」が、いかに論理的に考えて導き出された「答え」が出ても、それが本当に正解だったのか確かめる術がない事がほとんどからだ。極端な話自分達で納得しただけでこれでは単なる自己満足に過ぎない。物語的にも結局頭で考えるだけのミステリで登場人物たちが作中で払う労力とその結果読者が得られるカタルシスが全く釣り合わないように思う。

そんなこんなでなかなか食指が伸びなかったのだが、いよいよ読む本が枯渇してきたのでしかたなく(失礼)読んだら思いがけなく面白くて3時間くらいで読んでしまった。

で、この作品では東欧ユーゴスラヴィアからやってきた少女マーヤが千反田えるの役回りをして、彼女が日本で触れて、カルチャーショック的に感じる「日常の謎」を主人公守屋とその仲間たちが解いていくことになる。やがてユーゴからきな臭いニュースが届き始めるが、マーヤは帰国することに。

はっきり最初から1991年の出来事を翌年に回想していると示してあるので、マーヤがこの後ユーゴ紛争に巻き込まれるのは簡単に予想がつくが、正直下らない日常の謎ミステリをまぶしながら、守屋たち能天気な日本の高校生たちを世界の問題に直面させていく。正直言って謎解きの部分は本当につまらないけど、そういうのが好きな人に世界に目を向けさせるにはいいプロットなのかもしれない。語り手で主人公の守屋はこの作家の他の主人公と同じくなんだか薄味で個性のない青年だが、最近の日本の若者なんてみんなこのくらい薄味かもしれない。そんな若者たちが「謎」の答えを追ううちに自分たちの無力を味わわされる、これはそういう作品なのだ。守屋たちが挑む「謎」がショボいからこそ彼らの無力さが際立つのも作者の意図ならばすごいと思う。軽い読み物のつもりで読み始めたら、最後はずっしり重い読後感がのしかかる良作だ。

昨日日本の小説に世界に通じる部分がないと嘆いたが、この作品はその不満に見事に答えてくれた。この作品に触れた読者がユーゴ内戦に興味を持って、ユーゴ問題はもうちょっと前の話になっちゃったけど、それをきっかけに今も中東で、香港で、ミャンマーで...世界中に溢れている様々な問題について関心を持ってくれたらいいと思う。

ただ...なんだよこの安っぽいタイトル。「さよなら妖精」ってアホか。本文に妖精なんて一言も出てこないぞ。英文タイトル「The Seventh Hope」の方が数段良い。  

守屋の友人として脇役で太刀洗万智というキャラが登場するが彼女が主人公の作品がいくつかあるらしい。私的にはあんまり魅力を感じないキャラなんだけど。

ぜひ京アニでアニメ化してほしい。今となっては高校生の宴会シーンはまずいけど。