入院8日目。恩田陸「蜜蜂と遠雷」上下巻通算950ページくらいを1日かからず読了。
久々日本人作家の作品で感動した。
私は基本海外文学の読み手だ。なぜ海外文学に魅力を感じるかと言えば、日本で紹介されるような海外文学は世界と直結する問題点を感じさせる作品が多いように思えるからだ。
昔の作品はいざ知らず、近年の日本の小説は内容が薄くて面白いと思えないことが多い。小手先の感動とか表面的な面白さばかりでその小説の世界がちっとも世界と繋がっていないように思える。先日読んだ「マチネの終わりに」なんてそのいい例で、パリとかバクダットとかを舞台に持ってきながら、さらにはイラク人女性の苦悩を盛り込みながらも、結局は主人公たちの心象しか描いておらず奥行きが全く感じられない。軽薄な印象しか残らなかった。
それに比べ、この作品は、音楽コンクールという狭い世界だけを舞台にした作品なのに、その背後には確かに「世界」が窺えるのだ。
突如現れた天才少年、塵(ジン)。かつて天才少女として活躍しながら母の死のショックで表舞台を去った亜夜。日系4世の新星マサル。そしてサラリーマンながらコンクールに挑む明石。この4人ピアニストがお互いに影響しあって成長していくのを軸に、彼らの関係者、審査員など多彩な登場人物の視点で、コンクールそのものを描いていく作品なのだが、その背後にはクラシック音楽という人類の歴史と、そこに出来上がってしまっている堅苦しい世界が見え隠れている。そんな堅苦しく凝り固まった音楽界に新しい風を吹き込みたい、そんな作者の思いがしっかり伝わってくる。演奏者を何か特別な人々と捉えずに普通の感覚で描いているところにも非常に好感が持てる。
二つだけ気になったのは、各章の副題にポップス、クラシック取り混ぜた曲名がついている点。この副題は不要だったと思う。もう一つはマサルがリストのソナタのイメージとして語る物語がくどすぎるところ。そもそも基本的に絶対音楽であるクラシック音楽をイメージを文章化すること自体無理があると思うが、断片的な光景とかが浮かぶならともかく、ストーリーというのは無理がある。ここを除けば完璧に近い作品だったと思う。
私はクラシック音楽はとても好きだが、作中で重要なレパートリーになっているプロコフィエフやバルトークが守備範囲ではないので馴染みがなく、そこが残念。他の作中で演奏されている作品も全部聴いてみたい。
映画もあるみたいだけど、特に塵の演奏がどうなってるのか、見たいような見たくないような。