モーリス・ルブラン 怪盗紳士リュパン

さておかげさまで先日退院し、今は今週中の復職を目指して体力の回復に力を入れているわけなのだが、オリンピックも観たい競技が大体終わっちゃったし、それでは本でも読もうかと古本屋に一か月ぶりに行ったら全然商品が入れ替わってなくてなんだかなあ。それで、先日NETFLIXで観たフランスのドラマ「LUPIN」で興味がわいたこともあってこれ買ってきた。アルセーヌ・リュパン(ルパン)シリーズの第1作「怪盗紳士」。私が手に入れたのは創元社ミステリ文庫の石川湧訳版で、ここでは本の表記に従って「ルパン」ではなく「リュパン」とする。

これはリュパンシリーズの最初の一冊で、短編集の体裁で8つのエピソードが収められている。それぞれの短編でそれぞれの事件に決着がつくのだが、実はひと続きの話で、連作短編的なものだ。1907年刊行なので100年以上前の作品だが、読んでみると結構現代的な内容で、主人公リュパンは盗みを働くという意味で悪人なのに、犯罪の謎解きもすれば警察に協力しちゃうこともあったりと活躍の幅が広いのが特徴。暴力的な手口が一切ないスマートさもどことなくフランスっぽくて粋だ。

ストーリーはまあ古いといえば古いけど、ドラマでも描写されてたみたいに、やっぱフランス人には古典として親しまれてるというのはわかる気がした。

それぞれの作品としては初登場でいきなり捕まってしまうという展開の「アルセーヌ・リュパンの逮捕」から始まるというのがある意味すごい。しかしこれは捕まること自体彼の作略だったことが続く「獄中のアルセーヌ・リュパン」「アルセーヌ・リュパンの脱走」で明らかにされる。そこからは独立した短編が続き、列車内で大ピンチに陥る「奇怪な旅行者」リュパンの少年時代のひとコマが明かされる「女王の首飾り」など読み応え十分。「ハートの7」は傑作として名高いが正直イマイチ。人死にが二件もあってリュパンのお話らしくないし、愛人が殺されたのに自らの保身のことしか考えていないアンデルマット夫人がとても気に入らない。深窓の女性が命を狙われる事件の謎を解く「彷徨する死霊」に続いてラストに置かれたのは「遅かりしシャーロック・ホームズ。お宝を奪うという予告を受け取った銀行家ドヴァーヌは英国の有名探偵ホームズを召還するが…というお話。ホームズなんて出していいのかな?まあ著作権なんて言葉もないような時代だったんだろうけど。と思ったらやっぱりコナン・ドイルからクレームがついて、原著ではSherlock HolmesをもじってHerlock Sholmesにしてるんだそうだ。キャラも変えてある。それがなぜか日本語訳ではシャーロック・ホームズになっている。これはどうなのだろう。

さてこの作品自体はとても面白い。ホームズシリーズは英国らしいまじめな推理小説だが、リュパンシリーズは(これを読む限り)フランスらしい小洒落たところが魅力。変幻自在の犯罪者という設定から物語の自由度も高いし、なによりスマートでかっこいい。推理そのものも心理的トリックが多いので、使い方やシチュエーションによっては現代でも通用する内容だと思う。NETFLIXのドラマで主人公アサンばかりか刑事にもマニアがいて、彼らがリュパンに夢中なのもわかる。

日本ではアルセーヌの孫が主人公の、あの下品なマンガ/アニメがとても有名な事もあって、そのあおりを食っているのか、オリジナルであるルブランの作品群が冷遇されていると思う。あのアニメが好きな人も読んだら『あ~こういう元ネタあったのか』と思うこと多いに違いない。例えばガニマール警部が銭形警部と着てるものまでそっくりだとかね。