新田次郎 アルプスの谷 アルプスの村/白い野帳

新田次郎全集」の第22巻は名だたる山岳小説で知られる新田次郎のエッセイ作品をまとめた一冊だが、これに収録されている「アルプスの谷 アルプスの村」と「白い野帳」を読了。

「アルプスの谷 アルプスの村」は昭和36年に新田がヨーロッパアルプスを初めて訪ねた時のいわば旅行記。60年前の旅行記なんて読んでもしょうがないようにも思うが、読んでみると結構面白い。60年の歳月は、日本ほどではないにしろ、かの地の風景や風物をも変えてしまったのだろうが、だからこそ今読むとまだまだ素朴な時代のアルプスの人々の暮らしが見えてくるようで興味深い。実はずいぶん以前に読んだことがあったのだが、特に印象に残っていたのが「アルプスの画家」セガンティーニの絵を「セガンティーニ美術館」に見に行った話だったのだが、その部分がすごく短かったことにちょっと驚いてしまった。

「白い野帳」のほうはその2年後、昭和38年秋から朝日新聞に毎週連載したエッセイをまとめたもの。これは毎回原稿用紙4枚という分量だったそうで一編がかなり短くてさくさく読める。新田の描くものなのだから当然山の話が中心なのだが、貴重な思い出話から山の環境保全に関することまで話題は豊富。こちらも、もはや永遠に失われた日本の良き時代がよみがえる好エッセイだ。

ただし新田は明治生まれの作家。両作品を通じて現代では許されないような差別的な表現が散見されるのだが、まあそういう時代だったのだと思って読むしかない。