小川一水 天冥の標Ⅹ 青葉よ、豊かなれ

ついに全17冊読み切った。長かった。

救世群との和平を成し遂げ、地球艦隊と共にカルミアンの惑星に到達したセレス。しかしその前に超銀河団諸族の連合艦隊が立ちはだかる。彼らはカンミアの女王オンネキッツが恒星を超新星化しようとしているのを阻止しようとしていたのだった...

というわけで最終巻は巨大宇宙戦争編。PART1では80歳の千茅率いる救世群が月へ進出するエピソードや、救世群のばらまいた冥王斑のパンデミックで人類社会の崩壊した後(第7巻「新世界ハーブC」と同じ時代から後)の太陽系が描かれたりするが、そのあとはカンミアの惑星を巡っての大戦争が描かれて行く。交渉のために超銀河団のリーダーアカネカに会いに行くのだが、このアカネカが植物的な種族だったり、金属でできた竜とか巨大な蛇のような種族とか超銀河団諸族の描写がまるで宇宙生物の見本市みたいな描き方も楽しい。正直宇宙艦の数が数億隻とかいくらなんでもスケールが大きすぎだと思うし、最大にして究極の敵であるミスチフも、結局最後の方では何をしたかったのかよくわからない感じになってしまった。終わりもかなりあっさり終わってしまって、登場人物たちがそれぞれどうなったのか全く分からないのがちょっと残念だったが、それでも十分面白かった。ラストは2019年の、千茅の友人青葉の描写。最初から希望はあったことを描いて終わりとなる。

結局第6巻の時点でイサリがアイネイアのために依頼してカンミアたちが作った冥王斑の治療薬が全てを解決する鍵となったのだが、作中(前の巻のどこか)にもあったように、なぜ救世群はカンミアたちに出会った時に真っ先に治療薬を作ろうと思わなかったのだろう。 それは長年差別されてきた彼らにとって、差別の根源である病気を治す事よりも復讐そのものの方が重要だったからだ。

これは今イスラエルで起こっていることも同じなのだ。イスラエルハマスも宗教とか住民の命などより復讐の方が重要になってしまっているのだ。こういう事はこれからも人類が続く限り永劫続いていくのだろう。 それでも、相手方の誰かと個人的に心を通わす誰かはきっといる。そういう小さな繋がりを世界を変える突破口になることを期待したい。そういう気持ちは作者の願いでもあり、私も、そして世界中の誰もが持っている願いなのだろうが...

最初から希望はあった。でも800年もの紆余曲折を経てようやく千茅と青葉の想いが届いたのは、読者である我々にとって希望なのか、それとも絶望なのだろうか。

小川一水 天冥の標Ⅸ ヒトであるヒトとないヒトと

前巻に引き続きメニー・メニー・シープ政府と救世群の戦いが続く中、救世群との和解を実現しようと動き出すイサリは単身エウレカに潜入するが、そこで囚われてしまう。だが救世群も一枚岩ではなく、ミヒルに反感を持っている者もいるようだ。

この辺りまで進むと、もはや一巻ごとにストーリーが途切れたりしない。このため、実際にはだいぶ先まで読んでるので正直この巻まででどこまで話が進んだのだったかよくわからない感じになってきてしまった。

第1巻から「地球から来た」として登場していたルッツとアッシュは、やはり救世群討伐のためにやってきた地球艦隊から調査のために派遣されていた。そして明らかになるセレスの真実。救世群は甲殻化した際に生殖能力をなくし、しかも元の体に戻るためのデータを失ってしまっていた。データはカンミアの母星に送られていたため、そこに行けば元の体に戻るためのデータが手に入ると考えた彼らはセレスにドロテアを埋め込み巨大宇宙船に仕立てて、全員が冷凍睡眠に入って300年の旅に出たのだった。

激闘の末カドムらはついにミヒルを追い詰めるが... なんか急激に普通のスペースオペラになりつつあるような気もするが、あと3冊、さてどうなるのか。 カンミアはそもそもオムニフロラに対抗すべく地球にミスミィを送ったのだが、それも500年も前の話。そこで何がセレスを待ち受けているのだろうか。

この巻ではメニー・メニー・シープ政府と救世群の和解へ進んで行くのだが、現実の世界のニュースではハマスイスラエルの対立がさらに混迷の色を濃くしている。現実には長年の怨みはそうそう消えそうにない。この物語では冥王斑がカンミアの作った薬で治せることによって和解がぐっと近づいたのだが、宗教という抽象的なものが原因の対立はそうそう消せるものではないのだろうか。それとも何か共通の巨大な敵でもいなければ怨念を超えて協力することなどできないのだろうか。悲しいことだ。

村山斉 宇宙は何でできているのか

これは幻冬舎新書から出ている素粒子物理学の入門書。文系の私などにはとてもややこしくて考えたくもない素粒子物理学について数式なしで分かりやすく解説した本。

宇宙の起源とかビッグバンやダークマターなどの暗黒物質などについて考えるには素粒子論は避けて通れない。ここでは概念としての素粒子物理学を言葉で解説してくれるので非常にわかりやすい。私はSFファンである前に宇宙ファンなのだが、もうバリバリの文系で数学や物理学なんて大の苦手なのでこういう本は大歓迎だ。

でも前回「人生が変わる宇宙講座」という似たような本を読んだ時も思ったのだが、正直素粒子論は重要な宇宙論だという事はよくわかっているんだけど、星雲・星団や系外惑星とか実際に目に見える(であろう)ものについて考えたほうが楽しいな。そういう方には岩波新書「系外惑星と太陽系」「地球外生命」をお薦めする。

小川一水 天冥の標Ⅷ ジャイアント・アーク

前巻から300年後。これまで6巻8冊をかけて語られてきた人類の歴史を経て、ついに第1巻の時間に戻った今巻は「PART1」「PART2」の2冊に分かれているのだが、それぞれが違う内容になっている。

「PART1」は第1巻「メニー・メニー・シープ」で起こった内容を別の視点から描いたもので、章立てと各章の副題も第1巻を踏襲していて、ただし各タイトルに(B)がつく。前提となる世界が不明なままだった第1巻の時点では不可能だったイサリ視点やラゴス視点からメニー・メニー・シープの「革命」が描かれる。イサリは300年冷凍睡眠させられていたことや、救世群から脱した理由などが語られる。第3章(B)ではラゴス視点での、第7巻の頃の時代のエピソードなども語られる。ただし各章で起こることは第1巻と同じではなく、第8章(B)の途中で第1巻で描かれた部分を消化してしまい、そこから先は8冊と300ページぶりに、ようやく物語が前に進みだすことになる。

「PART2」では第1巻のストーリーの続くが本格的に始まる。重傷を負いながらも蛋白機械の移植を受け生還したカドムはメニー・メニー・シープの真実を知り、イサリ、ラゴスらとともにメニー・メニー・シープの「天蓋」を目指す旅に出る。そこには「恋人たち」の宇宙船シェパード号があるはずなのだ。この巻ではこれとエランカを大統領に得た新政府と咀嚼者(救世群)たちとの戦いを並行して描いていく。

まだ救世群が何をやりたいのかがよくわからないのだが、要するに救世群は、何らかの意図でセレスの南半球にドロテアを埋め込んだのだ。その影響で北半球にある、メニー・メニー・シープは重力が増大したり、かなり大きな電力を引き出すことができたりしたわけだ。

…ん? 重力が増大?

小川一水 天冥の標Ⅶ 新世界ハーブC

前巻から直接続く第7巻。

ジニ号は救援に来た「恋人たち」のシェパード号ともどもセレスに墜落、なんとか生き延びたアイネイアとミゲラはスカウトの友人たちがセレスの地下施設「ブラックチェンバー」で多数の子供達と共に生き延びている事を知る。 そこで友人たちと共に、生き延びるために社会を構築していくことになるのだが...

子供たちばかりのコミュニティを少人数の少年たちがまとめていかねばならないというサバイバル群像劇になった今巻。今回は前巻で猛威をふるった救世群は影を潜め、アイネイアと仲間たちの悪戦苦闘に絞って物語が展開する。考えてみれば、子供たちだけのコミュニティがうまくいくわけもなく、局所的には結構残酷な事態も起きたりするわけで、それでも「政府」として社会を運営していくならある程度は切り捨てて最大公約数的な考え方をするしかない。そういう社会の残酷さを含めて読めば読むほど細かいところまで本当によく考えてある作品だ。

そしてついに惑星ハーブCの真実が明らかになるのだが、サンドラの治世下で作られた物語がいつの間にか歴史として語られてセレスがハーブCになってしまう。これはいくら子供たちばかりのコミュニティとはいえ無理がないか?メニー・メニー・シープの住人にはラゴスをはじめ「恋人たち」のメンバーもいたわけで、彼らがみな記憶をなくしてしまうというのも無理がないだろうか。

ラストは老いたアイネイアとミゲラが元大統領サンドラを訪ねるシーンで終わり。アイネイアとミゲラが、紆余曲折はあったし、わずかに気がかりなことは残ったが、大筋では幸福な人生を送ったことが示唆され、一応のハッピーエンドで読後感もよい。 次作はとうとう第1巻の時代に戻ることに。

小川一水 天冥の標Ⅵ 宿怨

第5巻から150年ほどのち。救世群のリーダー、ヤヒロ家の少女イサリは自然公園的なコロニー「スカイシー3」で遭難しかけていたところを少年アイネイアとその友人たちに救われる。しかし救世軍は秘密裏に異星人と接触し人類に戦いを挑もうとしていた。穏健派のイサリは強硬派の妹ミヒルと対立するが戦いへと押し切られていく。一方太陽系外探査船ジニ号のクルーに選ばれたアイネイアだったが... というわけで今回はついに宇宙戦争に。

前作のラストで100年後に到着すると語られた異星からの訪問者は到着しておらず、あれっと思ってたらなんと第1巻で登場した「石工(メイスン)」たちがその異星人だったことが判明。ただ彼らは集合意識で多数の個体が接続されて初めて能力を発揮するので少数では知能が低いというのは絶妙な設定。彼らはまず「恋人たち」に接触、彼らを通じて救世群に技術を供与、いつの間にかロイズ非分極保険社団の最新鋭艦隊をはるかに凌ぐ宇宙艦隊を建造していた。さらに全住民を甲殻化して怪物のようのような外見と戦闘力を手に入れるのだが、生殖能力をなくしてしまう。彼らの目的は全人類を冥王斑に感染させることだった。一方ロイズは、ドロテア・ワットを再起動して救世群に対抗しようとする。ドロテアを動かすためのカギがアイネイアだった。さらにパラスでの商務大臣ブレイド・ヴァンディ(前巻のタックの子孫)と救世群の総督シュタンドーレとの交流、ヴァンディの友人の娘で羊と会話できるメルルのエピソードなども盛り込まれ、大部なだけあって非常に内容が濃い。

いや3冊あっという間に読んじゃった。 登場人物も激増、物語もかなり複雑なのだがよく練ってある。ボーイ・ミーツ・ガールから始まって激烈な宇宙での戦闘まで、このシリーズらしく非常に振幅が大きい。そしてまだ第1巻まで300年もの時間があるのだが、この巻で登場したイサリとミヒルと第1巻のイサリとミヒルは同一人物なのだろうか?

SFとしてはジニ号の冷凍睡眠についての記述がお見事。人間をそのまま冷凍すると水分が凍って膨張して細胞を傷つけてしまう。なので凍っても膨張しない水の代用品が必要で、たまたまそれが開発(発見?)されて冷凍睡眠が可能になったというのである。これは今までSFで見かけなかった記述だけど、言われてみたら納得だ。

そしてこれまでの各巻がそれぞれ一応の終わりになって次巻では別の主人公による別の話だったのが、今回は3冊読んだのに終わってない!次の第7巻は今回に引き続きアイネイアが主人公のようだ。太陽系全体を巻き込んだ大戦争がどう惑星ハーブCに繋がっていくのだろうか。次も楽しみ。

小川一水 天冥の標Ⅴ 羊と猿と百掬の銀河

第5巻は前の巻から十数年後に小惑星パラスで農業を営む中年男タック・ヴァンディの物語と、この連作の当初から関わっている超知性ノルススカインの来歴が交互に語られる。 はっきり言ってこの二つの物語は全くと言っていいほど繋がりがない。

タックのパートは、まずは微小重力下での農業の描写も見事。そこに起こるであろう問題点もかなりリアルに予想していて面白い。タックと、娘のザリーカ、図らずも同居することになる地球から来た女アニーの三人で様々な問題に直面するが、という話でとても面白い。のんびりした話かと思えばザリーカが何者かに誘拐されてしまうという急展開に。とはいえ他の巻に比べれば大事件には至らず、正直シリーズ全体からすると無ければ無いでもよい話だとは言えるのだが、火星を荒れ地に換えてしまったレッドリートという植物や、実はアレだというザリーカ、謎の女性アニーの正体など今後の展開に関わってくるのかもしれない。

ノルススカインのパートはある惑星の海の中で目覚めた彼が、他の生物のネットワークに寄生しながら数千万年をかけて広大な宇宙を旅する話。これはシリーズの大きな設定の中核を明らかにする重要なパートで、このパートには「断章1」のサブタイトルが振られている。これまでの各巻に「断章2」や「断章4」、そしてこの間の最後の方に「断章5」があってこれらがノルススカインと敵であるミスチフの一連の物語になっていることに読者はここで初めて気づくという仕掛けになっている。

ノルススカインは情報網の中にだけ生息する、いわば情報知性体で、本来は共通意識を持つ生物の群れの中に住む者なのだが、コンピューターのネットワークの中などにも生息し、分岐していく。第1作で出てきた「ダダー」ものそのひとつである。ただこれは数千万年を生きた超知性でありながらちょっと考え方が人間に近すぎる気がする。もしレムが同じような知性を描いたらどんな風に表現しただろうな、と思ってしまう。

というわけでいよいよシリーズも中盤。全10巻の第5巻だから半分きたと思っちゃうが、これからは一巻で2、3冊のものが多くまだまだ先は長い。次作第6巻「宿怨」はなんと3冊に及ぶ巨編。救世群がいよいよ人類に牙をむく。