小川一水 天冥の標Ⅳ 機械じかけの子息たち

第3巻で救世群によるドロテア・ワット強奪未遂事件の数年後。救世群の青年キリアンが意識を取り戻すといきなり全裸のアウローラという少女に出会いそのまま関係を持つ。そのあとも記憶を失ってはアウローラと出会い関係を持つ事を繰り返す。アウローラは「恋人たち(ラヴァーズ)」と呼ばれる人工生命体「蛋白機械(プロトボット)」で、セックスによって人間に奉仕するという使命を与えらえていた。アウローラはキリアン専用に作られた個体で、キリアンとのセックスによって「混爾(マージ)」と呼ばれる至高の境地に至る使命を与えられていたのだった。しかし物語が進むにつれ「恋人たち」と「救世群」の思惑と、そこに実質的に太陽系を支配しているロイズ非分極保険社団の介入で二人の性愛の行方は意外な方向へ…

というわけで第4作はまさかのエロ小説! いやいやたまげた!作中で一体何回ヤルんだよ!濃密な描写が続くが、あまり不快に思わないのは作中セックスに励むのはキリアンとアウローラのカップルにほとんど限定されているからかな。それでいてちゃんとSFとして筋は通ってる。 まあいわばセックスが宗教みたいになっちゃってる社会を描くとしたらこんな事になるのかな。考えてみればこういう社会を描こうとしたらSFでなければできないかもしれない。 しかしこの連作の振り幅の大きさには恐れ入る。

後半、実はキリアンは事故で瀕死の状態で救出され、治療困難となり「恋人たち」と同じ「蛋白機械(プロトボット)」の体をに意識を移されていることが判明する。ん?そしたら救世群も全員プロトボットになっちゃえば冥王斑の保菌者でなくなるのでは?

小川一水 天冥の標Ⅲ アウレーリア一統

第3巻は第2巻から一気に300年ほど後の時代へと進む。24世紀、人類は宇宙に進出し小惑星帯に無数のコロニー国家を形成していた。2310年、小惑星国家ノイジーラント大主教国の宇宙軍、強襲砲艦エスレルの艦長アダムス・アウレーリアは海賊を掃討する任務の途中、救世群の人々が住む小惑星エウレカを訪れ、彼らが奪われたブツを奪い返すべく海賊を追う事になる。どうやら数十年前に木星で発見されたがその後行方不明になった、異星人の遺物ともいわれる謎の物体「ドロテア・ワット」に関する情報のようだ。アダムスは「医師団(リエゾン・ドクター)」のジュノ・セアキという男と共に、ドロテア・ワットを巡って海賊たちと対決することになる… という、今回はスペースオペラ

前の巻と全く違う面白さ。宇宙での会戦も非常によく考えてあって、例えば宇宙船の挙動などかなり理にかなっていてリアルな描写が展開する。「空気いらず」の面々は電気で呼吸(?)するので、宇宙服なしで船外活動ができるというのはなかなか斬新な設定なのだが、宇宙空間の放射線はどうやって防ぐのだろうか。そこだけはちょっと気になった。救世群はドロテア・ワットを手に入れて何をする気だったのか、その辺も後々のお話に繋がりそうだ。

第2巻で「救世群」の、第3巻で「空気いらず」の来歴を描いたわけで、この流れで行くと第1巻で登場してきた各陣営の由来をそれぞれ明らかにして行く感じなのだろうか?アウレーリアやセアキといった第1巻での重要人物の名前も出てきた。でもまだ第1巻の時代の500年も前なんだけど...

小川一水 天冥の標Ⅱ 救世群

別な惑星の話だった第1巻とは打って変わって第2巻は21世紀の地球が舞台。2015年、パラオのプーロッソル島というリゾート地で未知の疫病が発生。駆けつけた日本人医師児玉圭伍らだったが、重症の日本人女子高生千茅と謎の男性ジョプ以外は全員死亡してしまう。極めて致死性が高く、回復した患者も感染源になってしまうこの病気は患者の顔にあざが残ることから「冥王斑」と呼ばれる事になる。圭伍らの奮闘空しく、やがて冥王班は世界中に広がり、全世界はパニックに陥る...

というもので、パンデミックに際しての対応がとてもリアル。冥王斑は接触感染し潜伏期間が約24時間。致死率95パーセント。コロナよりもはるかに致死性が高いので、極めて厳格な隔離が行われ、作中数年が経過するが作中で発生から1年半で全世界で50万人の死者という記載があるので、現実のコロナほど感染者が多かったわけではないという事になる。致死率95パーセントで50万人死んだとしたら、感染者は世界全体で53万人程度に過ぎないという事になるからである。(ちなみに23年3月時点でコロナウィルス感染者は約7億6千万人)その辺による微妙な違いはある。たとえば作中に授業や勤務がリモート化されるといった記述はない。致死率が非常に高いので感染者の囲い込みなどはコロナの比にならないほど厳重なものになっただろうと思われるが、実際にコロナ禍で体験したような記述がゴロゴロ出てくる。この作品が出たのがコロナ禍以前の2010年というのが信じられない、10年後にコロナ禍で起こる事を予言していたかのような作品。 これ単独で読めばあまりSFの要素はないので、単独の、パンデミックによるパニック小説として読んでもいいと思う。

冥王斑の回復者はウィルスを持つ保菌者なので、回復後も未感染者が接触すると感染してしまう。このため回復者に対しても徹底した隔離がとられ、やがて世界中の冥王斑回復者は島を与えられそこで生活することになる。これがのちに「救世群(プラクテイス)」と呼ばれる勢力となる。これが今後どう未来の話へ繋がって行くのか、興味は尽きない。

小川一水 天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ

これは全10巻17冊という大長編SFの第1巻。上下2冊。

西暦2803年。入植300周年を迎える惑星ハーブCの植民地メニー・メニー・シープ。東西70km、南北40kmの島国だ。化石燃料がないこの星では、300年前に住民を地球から連れてきたが事故で墜落した移民船シェパード号の、地下に埋もれたが機能し続けている発電機だけが頼りだ。しかし臨時総督は厳しい配電制限を実施、各都市では市民生活に支障が出だすほどだった。臨時総督がシェパード号を再起動し住民を残して去るのではないかと噂が立ち、総督側と反対派の対立が深まる中、セナーセー市で発生した疫病の流行に巻き込まれた医師カドム・セアキは異形の女性イサリと出会う。二人の運命を絡めながら、弾圧に反抗する人々との対立をメインに置いて、この植民地に住む様々な人々を描いていく。

カドムらは普通の人間だが、カドムの友人アクリラ・アウレーリアらセナーセー市に拠点を置く「酸素いらず(アンチョークス)」は充電しておけば呼吸しなくても生きられるという改造を人体に施した人々だし、この星の原住民で集合意識を持つという「石工(メイスン)」、娼館の従業員として開発された人造人間「恋人たち(ラヴァーズ)」と様々な陣営が登場する。

この第1巻では臨時総督ユレインとの対立が描かれ、最後はカドムたちが勝利するのだが、その瞬間イサリの同族「咀嚼者」たちが大挙して攻め入ってくるというところで終わる。謎が無数に残るし、カドムやアクリラなど登場人物の大半が死ぬ(というか死んだように思える)ので、今後謎や伏線をどうやって回収して、物語がどう繋がっていくのかすごく興味深い。続きを読むのが楽しみ。

でもあと15冊か…

乙野四方字 君を愛したひとりの僕へ

「僕が愛したすべての君へ」の姉妹編。

パラレルワールドが実在することが証明された世界。大分市を舞台に、両親の離婚の時に父と母のどちらの親についていくかで大きく運命が変わった暦という男の話。こちらの「君を…」のほうでは父と暮らすことを選択。父の勤務先の研究所に入り浸ることにっていた8歳の時、母の家の飼い犬が死んだと聞いて悲しむ暦の前にある少女が現れ、飼い犬が生きている世界に行けると言う。彼女の言う通りにしてみると飼い犬は生きているが飼い主だった祖父が死んでしまった世界に行ってしまうという経験をする。この少女は研究所の所長の娘栞で、いつしか暦と栞はお互いに恋心を抱くようになる。14歳の時暦の父と栞の母が結婚すると言い出し、暦と栞は兄妹になってしまったら結婚できなくなると思い込み、お互いの親が離婚していない世界に行こうとするが、そこで事故が起きてしまい、栞は幽霊のような状態になってしまう。暦は一生をかけて栞を救おうと、研究員で同級生の和音の力も借りて研究に没頭するが…

というわけでこちらは結構詳しく「虚質物理学」の話も出てきて「僕が…」よりぐっとSFっぽい。栞が幽霊になったメカニズムも興味深い。でも栞が他の世界に行って事故に遭い、その瞬間に転移したので、肉体が死亡してしまった栞の精神が幽霊になったのなら、幽霊になったのはもともと両親が離婚しなかった世界の栞になるんじゃ?ならこっちの栞は無事に研究所に戻ってくるんじゃないのかな?そうではなくてこっちの世界の栞が幽霊になったのなら、両親が離婚しなかった世界の栞(の心)はなんでこっちの栞の体に残らなかったのだろう?いずれにしろあっちの栞がどうなったのかとても疑問だ。

それに「栞がぎりぎりで事故を回避できた」世界も当然あるはずなのに、それについては話題にさえ全く出てこなかったのはちょっと不自然。

ラストで暦は時間移動を行い、栞と出会わない世界(「僕が…」の世界)へ転移することを選ぶが、行ってしまった暦の心はどうなったのか?栞はそっちでもまた幽霊になってしまって、72歳の暦に「迎えに来た」と言われるまで幽霊で居続けたのだろうか。

というわけで考えれば考えるほどややこしい。まあ面白かったんだけどね。

どっちを先に読むか作者が指定していないのがこの作品の面白いところで、読む順番が違うとまた違う印象になるかも。ネットでは「君を」「僕が」の順で読むのを推奨する声が多いし、おそらく作者のそのつもりのように思えるが、私は普通の話の「僕が」を先に読んでSFらしい「君を」を後で読んだほうがいいと思う。SFとしてのタネが分かった状態で「僕が」を一冊読むのは、SFが好きな読者には苦痛だろうと思う。

アニメ映画化されてるみたいだが、私の契約してる配信サービスでは観れないようだ。

乙野四方字 僕が愛したすべての君へ

これはまあパラレルワールド(今はマルチバースって言うのかな)SFなんだけど、姉妹編の「君を愛したひとりの僕へ」と2冊で1セットのお話。 ブックオフで一冊110円で購入、2日で2冊読んでしまった。一応別々の記事で取り上げることにする。

パラレルワールドが実在することが証明された世界。大分市を舞台に、両親の離婚の時に父と母のどちらの親についていくかで大きく運命が変わった暦という男の話。こちらの「僕が…」のほうでは、母と暮らすことを選択、8歳の時、祖父が亡くなった日に突然祖父が死なず自分が父と暮らしている世界に行って戻ってくるという経験をする。その後成長して高校の同級生和音と結婚して幸せに暮らしていたが、息子が通り魔に襲われるという事件が発生。事なきを得たのだがその後和音の様子がおかしい。実は息子が殺害されてしまった世界線の和音と入れ替わってしまっていた。

そういうエピソードを絡めながら主人公暦がどんな世界であれ和音を愛することを決意するという流れの作品で、正直これだけ読むとナイーブな恋愛SFという印象だけの作品なのだが、冒頭とラストで語られる72歳で余命宣告を受けた暦がリマインダーにあった覚えのない予定に従って出かけた町の交差点でのエピソードが姉妹作「君を…」に繋がって行く。

こちらの作品では、この世界でのパラレルワールドを説明する理論「虚質物理学」についてかなりあっさり触れられているので、SFとしてより60年以上にわたるラブストーリーとしての要素が強い。

というわけでやはりもう一作読まないと全く真価がわからない作品だと思う。

Star Trek : Strange New Worlds 第2シーズン②

さてStar Trek : Strange New Worlds 第2シーズンも後半。このあたりからエンジン全開だ。

第7話"Those Old Scientists" はいきなりアニメで始まる。アニメシリーズ「Star trek Lower Decks」の主人公ボイムラーとマリナーのふたりがタイムスリップしてエンタープライズにやってくる話。エンタープライズにやってきてからは実写になる。ボイムラーが未来の情報を口走ってしまうので見てるほうもハラハラ。

第8話"Under the Cloak of War" クリンゴンの元将軍で親連邦派のダク・ラー大使がエンタープライズに乗船する。だがムベンガとチャペルは戦時(ディスカバリー・シーズン1で描かれたクリンゴンとの戦争)中、彼の戦争犯罪の現場に居合わせていた...これはちょっと決着に納得がいかない。これがまかり通るようなら連邦は法治国家ではないと思う。

第9話"Subspace Rhapsody" 亜空間の裂け目に遭遇したエンタープライズ。ウフーラのちょっとした思い付きでそこに音楽の信号を送信してみたところ、突然クルーたちが歌いだすという謎現象が発生する…これはシーズン最大、いやスタートレック50年の歴史の中でも最大の問題作と言っても過言ではないだろう。何しろこのエピソードは1時間の放送時間の間に10曲も歌い踊るというミュージカル回なのだ。全く手抜きなしにオリジナル曲をエンタープライズの面々(+カーク)が歌い踊るという前代未聞のエピソード。しかもスポックとチャペル、カークとラアンの関係についても重要なエピソードなので目が離せない。爆笑しながら観たが、TVドラマでこんなのが作れる米国ってすごい。

第10話"Hegemony" パルナッスス・ベータのコロニーを訪れていたバテル艦長(パイクの恋人)のUSSカユーガ。そこを何者かに襲われカユーガは大破。エンタープライズが駆け付けると、ゴーンの仕業であることが判明。バテル他カユーガのクルーを救出するが…ついにゴーンが登場。今回はゴーンの成体の全貌が登場。こりゃエイリアンだ。TOSでカークが戦った力は強いが鈍重なゴーンとは全くの別物。そして仲間の一部が相手に囚われたところで「続く」。ここで1年待てってか…

ちなみにこの回にスコッティが登場。いよいよTOSのメンバーが揃ってきたぞ…

というわけで攻めまくりの後半4エピソード。ドタバタアニメの「Lower Decks」は好きじゃなくてほとんど観てなかったので第7話はそんなに刺さらなかったのだが、第9話には本当に度肝を抜かれた。しかしこれまた翻訳不可能なような…

それにしてもエピソードを重ねるたびにTOSとの乖離が激しくなっていく。従来TOSでは起きていなかったはずの事、DIS(シーズン1)でのクリンゴン戦争、SNWでのゴーンとの遭遇、カーンが騒乱を巻き起こす年代の違い(TOSでは1999年となっていた)などなど…スポック以下カーク、ウフーラ、スコッティとTOSのオリジナルキャラも揃ってきたし、これはこのままTOSのリメイクに突っ走る可能性がかなり高いのではと踏んでいるのだがどうだろう。まあそれよりなにより早よ日本語版プリーズ!