乙野四方字 君を愛したひとりの僕へ

「僕が愛したすべての君へ」の姉妹編。

パラレルワールドが実在することが証明された世界。大分市を舞台に、両親の離婚の時に父と母のどちらの親についていくかで大きく運命が変わった暦という男の話。こちらの「君を…」のほうでは父と暮らすことを選択。父の勤務先の研究所に入り浸ることにっていた8歳の時、母の家の飼い犬が死んだと聞いて悲しむ暦の前にある少女が現れ、飼い犬が生きている世界に行けると言う。彼女の言う通りにしてみると飼い犬は生きているが飼い主だった祖父が死んでしまった世界に行ってしまうという経験をする。この少女は研究所の所長の娘栞で、いつしか暦と栞はお互いに恋心を抱くようになる。14歳の時暦の父と栞の母が結婚すると言い出し、暦と栞は兄妹になってしまったら結婚できなくなると思い込み、お互いの親が離婚していない世界に行こうとするが、そこで事故が起きてしまい、栞は幽霊のような状態になってしまう。暦は一生をかけて栞を救おうと、研究員で同級生の和音の力も借りて研究に没頭するが…

というわけでこちらは結構詳しく「虚質物理学」の話も出てきて「僕が…」よりぐっとSFっぽい。栞が幽霊になったメカニズムも興味深い。でも栞が他の世界に行って事故に遭い、その瞬間に転移したので、肉体が死亡してしまった栞の精神が幽霊になったのなら、幽霊になったのはもともと両親が離婚しなかった世界の栞になるんじゃ?ならこっちの栞は無事に研究所に戻ってくるんじゃないのかな?そうではなくてこっちの世界の栞が幽霊になったのなら、両親が離婚しなかった世界の栞(の心)はなんでこっちの栞の体に残らなかったのだろう?いずれにしろあっちの栞がどうなったのかとても疑問だ。

それに「栞がぎりぎりで事故を回避できた」世界も当然あるはずなのに、それについては話題にさえ全く出てこなかったのはちょっと不自然。

ラストで暦は時間移動を行い、栞と出会わない世界(「僕が…」の世界)へ転移することを選ぶが、行ってしまった暦の心はどうなったのか?栞はそっちでもまた幽霊になってしまって、72歳の暦に「迎えに来た」と言われるまで幽霊で居続けたのだろうか。

というわけで考えれば考えるほどややこしい。まあ面白かったんだけどね。

どっちを先に読むか作者が指定していないのがこの作品の面白いところで、読む順番が違うとまた違う印象になるかも。ネットでは「君を」「僕が」の順で読むのを推奨する声が多いし、おそらく作者のそのつもりのように思えるが、私は普通の話の「僕が」を先に読んでSFらしい「君を」を後で読んだほうがいいと思う。SFとしてのタネが分かった状態で「僕が」を一冊読むのは、SFが好きな読者には苦痛だろうと思う。

アニメ映画化されてるみたいだが、私の契約してる配信サービスでは観れないようだ。