ディケンズ クリスマス・キャロル
言わずと知れたディケンズの超有名クリスマス・ストーリー。本屋さんで新訳の角川文庫を見かけて美しい装丁に惹かれて買った。映画やアニメで見た覚えがあるけど、実は読むのは初めて。
実業家で守銭奴のスクルージは、クリスマスの夜、昔の共同経営者で故人のマーリーの亡霊の訪問を受ける。マーリーは自分が生前の行いの悪さであの世でひどい目にあっていて、スクルージもこのままならそうなる。そうなりたくないなら、これから毎晩三人の精霊が訪れるので彼らと行動を共にして自分の人生を考え直せと言われる。
まあとてもストレートな、子供でも分かる単純な勧善懲悪的な物語だ。自分の利益ばかり追求して人に嫌われたら幸せになんかなれっこないよという超当たり前のことが語られているわけで、クリスマスの炉端で子供たちに語って聞かせるにはもってこいのお話で、言ってみればそれ以上の何物でもないのだけど、うんまあでは今この世の中がそういう風になっているかというと全くそうでないところが悲しい。
現代はお金儲けがなによりも大切な時代だ。日本中にスクルージがあふれかえっている。投資家は単純に利益を上げる会社が好きなので、社会貢献など全くしない会社が業績が良い→株価が高いという構造が出来上がってしまった。一例として挙げればY電機などその最たるもので、何かのイベントのスポンサーになったりすることはほとんどなく、マスを考えた商売しかしないのでそこに当てはまらない顧客の利便も全くと言っていいほど考えていないが、見かけの業績はいいので株は高い。今はY電機に限らずこういう会社が多い。昔はこういう会社は投資家から嫌われていたものなのだが、今は素人が会社の経営方針など知らずに数字だけ見て投資するからこういう会社が儲かる。全くスクルージだ。誰かあのへんの会社の社長に精霊を連れてきてくれ。
そのスクルージだって、マーリーや甥のフレッドとか彼を何とかまともに戻してあげたいと思う人たちが何人かでもいたからこそ回心できたわけで、もはや腐った資本主義にはそういうつける薬すらないのかな。寂しいことだ。
メシア
NETFLIXのオリジナルドラマ。全10話。
2019年、シリアに突如現れた「神の子」を自称する男、アル・マシーフ。様々な奇跡を起こしながらイスラエル、米国に現れ一躍世界から注目を集める。CIA捜査官エヴァは彼を追う。米国テキサス州で竜巻から教会とその娘を救ったアル・マシーフだったが…
これは基本的には、現代にキリストのような人物が現れたらどうなるかをまじめに考察したドラマだ。もし今キリストが現れて奇跡を目の当たりに起こしたとしても、現代人はトリックだ、錯覚だと言って大半が信じないだろう。本人を詐欺師だと考える人も多いはずだ。このドラマでアル・マシーフが病気の子供と会い、病状が改善するが最後には死んでしまう描写があり、やっぱ奇跡なんて嘘じゃんと思ってしまうのだが、本家のキリストだっていろんな病気の人を癒したと福音書には書いてあると思うのだが、その患者がその後どうなったかまでは書いてない。すぐ死んじゃった人もいるかもしれないなあ、などとも思ってしまう。
そんなこんなでこのドラマでは、アル・マシーフが救世主なのか詐欺師なのかキチ〇イなのかを焦点に、イスラエルの諜報部員アヴィラム、シリアで出会った青年ジブリルやテキサスの牧師フェリックスとその娘レベッカなど多数の登場人物の目を通して描いていく。中東情勢やアメリカ社会の歪みまで盛り込んであって非常に興味深いドラマだ。
ラストはアメリカの陰謀でイスラエルの諜報部員もろとも葬られたかと思いきや、どっこい生きてて更なる奇跡を起こしたというところで幕切れだったのに、シーズン2は制作されないんだって。マジか。
再読 スタニスワフ・レム 星からの帰還
ポーランドのSF作家スタニスワフ・レムの、有名な「ソラリス」とほぼ同時期に書かれた傑作。多分15年ぶりくらいに再読。
宇宙飛行士ハル・ブレッグはアルデバランへの10年の探査行から地球に帰還するが、地球上では127年が経過していた。右も左もわからない未来社会に放り出されたハルは自分がいなかった間に人類に何が起こったのかを徐々に知ることになるが…
100年前の人が突然現代にタイムスリップしてきたら、PCやスマホはもちろん、TVも自動車も全く理解できないだろうと思う。いや30年前の自分が今の世界に突然置かれても同じようにスマホを理解するのに時間がかかるだろうし、自動車のエンジンのかけ方すらわからないのではないだろうか?
この作品の冒頭ではそういう未来社会で戸惑う主人公が見事に描かれて、読者も主人公と一緒に未来社会で迷うことになる。そしてこの作品のキモは、この社会の人々が全員「ベトリゼーション」という処置を受けていて、殺人など暴力的な事ができなくなっていることである。
ここで描かれた未来社会はいわゆる「共産主義ユートピア」である。あらゆる社会的サービスはすべて無料になっていて、有料なのは一部の贅沢品や嗜好品に限られる。「共産主義ユートピア」では社会の活力がなくなり、文明的な発展のスピードが遅くなるとはよく言われるが、この作品でも現代人の代表である主人公がそんな社会と折り合いがつくのかがこの作品のテーマとなる。
そこでふと思ったのだが、先日読んだ広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由の答えがここにあるのではないか、という事だ。すなわち文明は発展すると必ず共産主義を選ばざるを得なくなると仮定するのだ。共産主義は過剰で無駄な生産をほとんどしないので、単一の惑星という限られたリソースで文明が生き残るためには結局選択せざるを得ない社会体制なのかも知れない。逆に言えば浪費が激しく、目先の利益にこだわって先が見えない資本主義の文明は確実に滅ぶのだと考えてもいいと思う。しかしそうやって共産主義が成功してしまうと、もはやその文明は宇宙に発展する意義を失う。せいぜい自分とこの太陽系を開発して終わりになるはずだ。外宇宙まで広がっていこうと考えないのではないだろうか。この「星からの帰還」という作品には人々がそう考える理由まで書いてあるように思える。
まあそんなこんなで、宇宙飛行士の同僚オラフはこの世界に見切りをつけて、また宇宙へ行く準備に入るのだが、主人公ハルは地球に残ることを選択する。共産主義が嫌いだったはずのレムが、このラストを選択するのは不思議に思える。
レムの作品の中で女性がちゃんと登場するのはこれと「ソラリス」だけである。この作品は三人の主要な女性キャラが登場、しかも主人公はそのうち二人と深い仲になってしまう。そういう意味でもレムとしては破格の作品かも(笑)