須賀敦子 ヴェネツィアの宿

須賀敦子全集第2巻の「ヴェネツィアの宿」の部分を読了。12作の連作エッセイで父との関係を中心に書いてある。
いつも通りの美しい文章と見事な構成力で素晴らしいが、父への複雑な想いからだろうか、普段語り手として一歩下がった視点から語ることの多いこの人としては、珍しく自分の心情を吐露した作品になっている。
 
まず冒頭に置かれた表題作「ヴェネツィアの宿」ではシンポジウムに参加するために訪れたヴェネツィアでのさりげない描写から父に愛人がいたことを知ったあの日へと思いが遡っていく。語り口の巧みさもさることながら、この人の作品としては珍しく父への憤りのようなものが文章の端々ににじみ出ている。その後の作品でも父への複雑な思いが通奏低音のように聴こえてきてとても陰影の深い作品だと思う。「大聖堂まで」「カティアの歩いた道」など一見父とは無関係に見える佳作を織り込みながら、ラストの「オリエント・エクスプレス」で父を看取るまで、いつもの須賀さんの作品らしい深い情趣と美しい文章に父への愛憎が織り込まれた見事な作品だと思う。
またこの作品ではこれまでの作品(「ミラノ 霧の風景」「コルシア書店の仲間たち」)で直接触れなかった夫ジュゼッペ・リッカ氏の死について、これまでになくはっきり触れてきている。次の「トリエステの坂道」でそこについて語るのだろうか。
 
いや~それにしても須賀さんの作品はどれを読んでも本当に素晴らしい。どうしたらこんな文章が書けようになるんだろう。