梅津時比古 冬の旅‐24の象徴の森へ-

ヴィルヘルム・ミュラーの詩にフランツ・シューベルトが作曲した連作歌曲集「冬の旅」は音楽史に燦然と輝く名作だ。24曲、ぶっ続けで聴いて1時間10分程度の大曲であるが、愛する人に捨てられ真冬の寒空の下あてもなくさまよう青年の絶望を24曲を通じて描いた恐るべき作品である。私はこの歌曲集が好きで、かなりの数の音源を持っているが、本書はその「冬の旅」を歌詞と音楽の両面から詳細に解説したもの。各曲を1曲づつ歌詞対訳を掲げ細かく述べてゆくスタイルで書いてある。

とにかく読めば読むほど目からうろこが落ちまくる。例えば第1曲「Gute Nacht」。当然日本語に訳せば「おやすみ」となるのだが、ドイツでの「Gute Nacht」には「おやすみ」の意味以外にも「最低」「破滅」といった否定的な意味で使われることが普通なのだそうで、そう考えるとこの曲で主人公が書き残した「Gute Nacht」には「おやすみ」というだけではない意味が含まれていたのかもしれないということになる。

有名な第5曲「Der Lindenbaum」にしても、厳冬の真冬のドイツの夜に樹の下で眠るということは即、死を意味するわけで、この曲はドイツでの家庭的な愛の象徴である菩提樹が、傷ついた主人公を甘い夢の中での死を誘っているわけである。言われてみれば当然そう解釈するべきなのだ。

そういった歌詞の内容の細かい読みと、そこにシューベルトがどんな音楽を乗せているか、あるいはシューベルトが施した一部の歌詞の変更の意図についても詳細に述べてあり大変読みごたえがある。

そして全体として、この連作詩には、当時のドイツ社会への批判の要素がかなり含まれているのではないかというのが著者の主張で、確かにミュラーの詩にはそういう風に読めるところが多いとは思う。というわけで大変興味深く読んだ。著者は最近「水車屋の美しい娘」の解説本も出したらしい。そっちもぜひ読みたい。

ただ気に入らないのは巻末の著者自身による録音の聴き比べ「『冬の旅』CDの旅」というコーナー。数十種の録音を聴いた私が双璧と思っているクヴァストホフ盤とシュライヤー・リヒテル盤がどちらも評価低いのが全く理解できない。あの極めてドラマティックな表現のクヴァストホフ盤が、そのドラマティックさががゆえに苦手と言うならわかるが、一本調子に聞こえるなんてどうかしてると思う。