レーモン・クノー 人生の日曜日

前回短編集「あなたまかせの物語」が面白かったレイモン・クノー。この作家、フツーは「地下鉄のザジ」から読むんだろうけど、中古で出てたのでなんとなくこれを買って読んでみた。

1930年代後半のフランス。5年も兵役についていながら未だに二等兵のヴァランタンは20歳くらい年上のオールドミスで小間物屋を営むジュリアに見染められ結婚する。ヴァランタンは写真のフレームの販売を始めそれなりに店は繁盛するが、ある日ジュリアが倒れ彼女が内緒で営んでいた奇妙な副業を引き継ぐことになる... という基本線で、肝っ玉母さんのジュリアとのんびりしたヴァランタンの夫婦とその周りの人々が巻き起こす人情話的な作品。基本は楽しく読める喜劇的な小説なのだが、ナチスの足音がフレームの外から微かに聞こえてくるような冷やっこさがある。

巻末の解説でナチスによる占領という「終末」に絡めてすごく哲学的なややこしい事が書いてあるが、そんな深読みはせずにただの人情喜劇として読んでいいのではないだろうか。ただこの作品の場合時代背景が絶妙で、ナチスの脅威が迫る中の1930年代後半の数年間を背景に人情喜劇をやるというのが斬新。 特に終章は時期的に1940年夏の、ドイツ軍のパリ占領後になる。ここでは混乱の中パリに戻ろうとするヴァランタンと彼を探すジュリアを喜劇的に描いているが、実はこれ、かなり深刻な状況なのだ。

クノーと言えば前衛的な作品を書く人という印象もあるが、ここではそんなに斬新とか前衛的というのは感じないのだが、主人公の妻ジュリアの妹の夫ポールの苗字がプレトゥイヤ、プルデガ、ポテュガなどと記述されるたびに違う。これはいったいどういうつもりでこう書いたのか翻訳者も「あとがき」で首をひねっている。それと「ザジ」ではフランス語の通常に記述法を無視して発音通りに記述した部分があったりしたらしいので、この作品にもしそういう記述があっても翻訳ではその再現は難しいだろう。

クノー面白い。もうちょっと読んでみたい。

ただ、文庫で簡単に手に入る「ザジ」はともかく、同じお話を99種類の書き方で書いたというもう一つの代表作「文体練習」は2種類の翻訳があるがいずれも現在入手困難。これも含めて他の作品も軒並み中古でしか手に入らない状況だ。まあその時手に入る半から集めていくしかないかな。