山田風太郎 八犬伝

山田風太郎といえば忍法帖シリーズなど外連味の強い時代小説が有名な作家というイメージしかなくて全く読んだことはなかったのだが、書店でこの「八犬伝」の文庫本が新装で出ているのを見て興味がわいて読んでみた。

これは滝沢(曲亭)馬琴の有名な「南総里見八犬伝」をベースに置いて、「八犬伝」の作品を現代風に整理して書かれた部分「虚の世界」と並行して、この作品を何十年にもわたって書き続けた馬琴の人生を、その友人である葛飾北斎との関わりをメインにした部分「実の世界」が描かれ交互に現れるという構成で書かれた作品である。「八犬伝」の部分は、馬琴が構想段階で北斎らに語って聞かせるという形になっていて、ダイジェスト的になっているのも納得できるようになっている。この部分は作品を作る様子が描かれる、いわばメタフィクションというものだが、実はこちらのほうが作品の主眼だといえる。

八犬伝」といえば我々の世代なら、NHKでやっていた人形劇「新・八犬伝」が思い浮かぶと思う。坂本九の語りと主題歌もさることながら、子供心にも辻村ジュサブローの人形が素晴らく、恐ろしかった記憶がある。あの番組今ではほとんど録画が残っていないそうで見ることができないという。で、内容は結構うろ覚え。八犬士の名前すら数人しか覚えていなかったし、読むと『あれ?浜路とか網乾左母二郎とかこんなに早く死んだっけ』とか思いながら読むことになる。物語としては里見家の姫君伏姫と犬の八房の話が前段にあり、その後犬塚信乃を中心に八犬士がそれぞれの事情を持ちながら集まってくる話、そして最後には全員で里見家を襲う大難に立ち向かうというもので、物語を整理して「ロード・オブ・ザ・リング」みたいなトータル10時間くらいの大河映画にしたらひょっとしてとんでもなく面白いかもしれない。

だが馬琴の書いた原作は特に終盤がグダグダなのらしい。馬琴はこの登場人物400人とも言われる大作の、その登場人物すべてにふさわしい結末(善人には善果を、悪人には悪果)を与えようと頑張ったらしい。そのへんの事情もこの作品を読むと理解できるようになっている。上にも述べたように馬琴について書かれた「実の世界」の部分こそがこの作品の主眼で、馬琴の性格や、彼のその時々の生活の状況と八犬伝が執筆される過程がうまく呼応して、そこに北斎という有名な人物を配することでとても興味深い小説になっている。北斎とのやり取りも興味深いが、「四谷怪談」の作者鶴屋南北との会話など非常に興味深い。

これはメタフィクションとして傑作だ。「八犬伝」のおさらいとして読んでみるのもいいと思う。今は新装の文庫版が出たばかりなので手に入りやすい。ぜひ読んでみてほしい。