ジャック・ヴァンス 宇宙探偵マグナス・リドリフ

図らずもジャック・ヴァンス祭りみたいになってしまったが、「ジャック・ヴァンス・トレジャリー」の残りの一冊「マグナス・リドリフ」を読んだ。これはヴァンスの比較的初期の作品でタイトルロールが主人公の短篇10作を収めている。最初の作品が1948年、10作中9作は1952年までに書かれているのだが、ここでの収録順は書かれた順番とは異なっている。

ヴァンスの作品の主人公というのはどれも意地が悪い。「魔王子」のガーセンにしても「天界の眼」のキューゲルにしても、単純なヒーローではなく、主人公としてはなかなか性格が悪い。ひねくれている。しかしこのマグナス・リドルフに比べたら...

マグナス・リドリフは白髪の初老の男性で、数学者で、探偵というよりはトラブルシューター。殺人事件をはじめ様々な事件を解決してみせるのだが、異星人がゾロゾロ登場するのが他のシリーズと違うところ。考えてみれば「魔王子」に登場するのは人類が異星で独自の文化を持った地球人の末裔で、純粋な異星人は第1巻のスターキング以外はほとんど出てこないのだが、こちらは異形の異星人がそれぞれの文化を持って登場してくるのが面白い。惑星自体の濃密な描写というのはないが、それらエイリアンのバックボーンみたいなものが結構しっかり設定してあるのでそれぞれの作品は短いが満足度は高い。

冒頭に置かれた「ココドの戦士」はココドという惑星の蜂人間のような現地人同士が戦争するのを賭けの対象にして大儲けしている輩をマグナス・リドルフが(私怨も絡んで)成敗する傑作。ヴァンスのエッセンス的な短編だ。

殺人事件の犯人探しをする「禁断のマッキンチ」「とどめの一撃(クー・ド・グラース)」は容疑者がそれぞれ地球人の常識から外れた異星人ばかりでなかなか笑える。

開発したリゾート地に怪物が現れる「馨しき保養地」、購入した農地にやはり怪物が現れる「蛩鬼乱舞」の2作は怪物退治もの。泥棒の腕前で身分が決まる星が舞台の「盗人の王」、オイルサーディンの不良品の発生原因を探る「ユダのサーディン」などよくこんなの思いつくなと。もちろんどうやって問題を解決するのかだけでも十分楽しいのだが、依頼者だろうとなんだろうと自分をコケにする者にはしっかり仕返しするマグナス・リドルフの意地悪さが見ものだ。

ただし最後に納められた2作はイマイチ。特に最後の「数学を少々」は敵役アッコ・メイがカルフーン襲撃に参加していないことが明白で、オチにスジが通らない。作者本人ボツにしたかった作品なのだそうだけど、原著で収録することになった時点で改稿するとかできなかったのだろうか。

ちなみに先日読んだ「魔王子」の第5巻「夢幻の書」の解説にはマグナス・リドルはカース・ガーセンの老いた姿と書いてあったが、上にも少し触れたように背景の宇宙が別物。共通の天体は地球だけのようでリゲル群星も出てこないし通貨や政府機関の名称も違う。リドリフ=ガーセン説は間違いのようだ。