カズオ・イシグロ 遠い山なみの光

入院6日目。運動不足なので入院している7階から1階のコンビニまで歩くんだけどさっき登ってきたら素通りして8階までいきそうになっちゃった。

さてイシグロの「遠い山なみの光」を読んだ。翻訳小説なのにすらすら読めて三時間もかからず読了。

イギリスの田舎に住む日本人女性悦子は長女景子を自殺で失っている。この作品はロンドンに住む次女ニキが帰省してきた5日間を現在の時間に置いて、悦子が昭和20年代後半の、まだ原爆の傷跡が生々しい長崎に住んでいた頃出会った佐知子と万里子という親子について回想する形で進む。

...のだが、これがまあさすがイシグロ、一筋縄でいかない。この作品は悦子が語り手の一人称で書かれているが、長崎を離れイギリスへ渡った下りや景子との確執などは全く語られない。悦子は今の感覚ではどう見ても頭がおかしいとしか思えない佐知子と万里子親子に翻弄される。なんとなく悦子は自分と佐知子を、景子と万里子を重ねているのだろうと思うのだが、決定的なことが書かれていない。悦子が万里子の首を吊って殺した(そしてそれを隠している)ようにさえ読めるのだが...うーん

...と思っていたらAmazonレヴューにこんな事が。『245頁に「とにかく、行ってみて嫌だったら、帰ってくればいいでしょ」となっていますが、原作では“if you don’t like it over there, we can always come back.”「行ってみて嫌だったら、私たちはいつでも帰ってくることができる」』と書かれているのだ。この一文で悦子=佐知子、景子=万里子である事が明らかになるのだが、これは主語を省略する日本語では絶対に表現できないギミックだ。(上に引いた訳文で「私たち」が一般的な日本語の話し言葉の文脈ではあり得ないのは明らかだ)翻訳者も相当悩んだろうなと思う。

そこを踏まえて読むと、そこに続く、唐突に万里子が指摘する、悦子が持っている「そんなもの」が後に半ば強引に景子を英国に連れて行き、外国に、(ニキが言うには)冷淡な英国人の義父に馴染めず引き籠らせた上に結果的には彼女の首を吊らせれてしまう縄だという事がはっきりとわかるのだ。

しかし、この日本語訳はこれで正解だと思う。こういうところがはっきり書かないのが日本語の良さでもあるわけで、その分深い読後感を読んだようにも思う。よく読めばこの翻訳からも悦子=佐知子、景子=万里子という図式は読み取れるように思う。この作品の翻訳は全体にとても流麗でもともと日本語で描かれた作品のように読みやすい。それだけに最後のあのギミックが訳されていないからと批判するのもどうなのだろう。

翻訳って本当に難しい。

なお、この作品は最初の方で季節は春から初夏、朝鮮戦争の最中とあるので1951年から1953年の間ということになる。しかし長崎の平和祈念像は1955年に落成しているのでちょっと時代が合わない。まあ小さな瑕か、あるいは悦子の記憶違いか。

というわけでとてもイシグロらしい作品。これは彼の長編第1作だが既に十分すぎるほど彼の作風が確立されていると思う。