佐藤正午 月の満ち欠け

私と同郷の佐世保市出身の作家、佐藤正午が2017年に直木賞を受賞した作品。岩波書店から文庫で出たものを内容などに全くの予備知識なしで読んだ。

初老の男性小山内堅(おさないつよし)は、7歳の少女緑坂るりとその母ゆい、そしてもう一人の男性三角に会うために青森から上京してくる。親子と対面する堅。だが三角は遅れている。妙に大人びた少女るりと堅の会話はまるで別れた親子のようだが、どこかに違和感が付きまとう…

大変面白く一気に読んだ。クールによく考え抜かれた作品だと思う。まあぶっちゃけネタバレしちゃうとこれは、瑠璃という女性が愛する男性である三角のもとへたどりつくためになんども生まれ変わる、そういう話なのだ。よくあるといえばよくある話なのだけど、メインの視点が一度目の生まれ変わり(2代目の瑠璃)の父親である堅に据えてあるというのが良い。これがこの作品に適度の客観性をもたらし、作品全体がウェットになりすぎない効果があると思う。最初から最後まで堅が転生に懐疑的なのもいい。作品は堅とるりたちの面談を時系列で書いた部分と、堅が語る小山内瑠璃の物語、三角が語った正木瑠璃の物語、るりが語った三代目の瑠璃である小沼希美と正木瑠璃の夫だった男性の物語が交互に置かれる構成もよく考えられている。

ただ瑠璃たち、あんまり簡単に事故死しすぎではないだろうか。正木と希美がなぜ死んだかも、結局はっきりとは明かされない。緑坂ゆいが小山内瑠璃の高校時代の友人だったことも最初から書くべきだと思う。生まれ変わり自体も友人の子、担任の子、生まれ変わりの友人の子と身近すぎるのも気になる。

それと親と早くに死別した正木瑠璃にとって、堅は18年一緒に暮らした最初の懐かしい父親のはず。緑坂るりが「お父さん」と呼びかけて堅が拒否するようなくだりがあるほうが自然なような気がする。

30年以上にもわたる物語で、書かれた時代と同じ設定なら三角と正木瑠璃の出会いは昭和の終わりか平成のはじめ頃。もう少し前の時代に設定して昭和の空気が色濃く出てたらさらに良かったのではないかとも思う。

それとこれ、純愛ものというよりもちょっとしたホラーじゃないかとも思う。最後にるりが堅の最近の生活のパートナーである清美の娘・みずきが亡き妻・梢の生まれ変わりなのではと示唆するあたりはぞっとしてしまう。ラストで描かれるるりと三角の再会も感動しちゃうんだけど、よく考えるとぞっとするべきなのかもしれない。

この本、装丁が面白い。見てくれは完全に岩波文庫だが、よく見ると「岩波文庫的」と書いてある。古典じゃないから岩波文庫じゃないぞってことかなあ。