須賀敦子 時のかけらたち/地図のない道

須賀敦子全集第3巻の「時のかけらたち」及び「地図のない道」の部分を読了。

「時のかけらたち」は須賀さんが訪れたヨーロッパの様々な場所の記憶を辿って書かれたエッセイ12篇。ここでは主役は「場所」そのもので、その「場所」をめぐっての須賀さん自身や彼女のまわりの人のお話はすこし作品の奥のほうに引っ込んでいる感がある。ちょうど「ユルスナールの靴」があくまでユルスナールが主で、須賀さんとまわりの人たちが少し引っ込んでいるのとバランス的によく似ている。なのでこの作品も正直かなり硬質な内容の作品が多く、須賀さんの作品としては読みにくい部類だと思う。ただし「ガールの水道橋」という作品だけは違うバランスで、これはちょっとグサッと胸に刺さる一作だ。

「地図のない道」は須賀さんのヴェネツィアでのエピソードを集めた作品で、これは「ユルスナールの靴」や「時のかけらたち」と比較すると普通のエッセイらしいバランスで書かれていて正直ほっとする。短いエピソードを重ねてあるが通常のようにそれぞれのエピソードにタイトルがあるわけではなく、「その1 ゲットの広場」「その2 橋」のように大まかなパートを立て、それぞれのパートの中にいくつかのエピソードを織り込んでいるという、ちょっといつもとは違う構成で書かれている。エピソードそのものの質も高く、ヴェネツィアを中心にしながらも、日本での出来事も織り込んでエッセイというよりも私小説に近い感覚さえあるかもしれない。というわけで「地図のない道」は須賀さんの作品の中で「遠い朝の本たち」とならんで私のとても好きな作品になった。