山尾悠子 山の人魚と虚ろの王

山尾悠子の新作。国書刊行会から先日発売され、その美しい装丁に度肝を抜かれながらも作品の短さを考えるとなかなかの高額書籍だが思い切って購入。

若い妻との新婚旅行に出た「私」は妻の伯母の訃報に触れ、夜の宮殿の観光を経て叔母の葬儀に向かうが...と簡単に言えばそういう物語なのだが、山尾作品ではストーリーは大して意味はない。とにかくディティールとそこに含まれるイメージの深さがすごい。レトロな雰囲気で昭和(それも昭和3~40年代の)テイストが感じられるのだが、日本の話だと言い切れない(そもそも「女王が住む王宮」など日本にあるわけない)し、途中で「プロジェクション・マッピング」などという言葉が出てきて驚かされたりもする。そういう無国籍・無時代性がこれもこの作家の持ち味だと思う。

語り手の「私」が事故で昏睡中だという話も出てきて、それこそ夢か現か、謎ばかりの作品だが、語り手の男性は「歪み真珠」収録の短編「夜の宮殿の観光、女王との謁見つき」の「私」で、その妻は「ドロテアの首と銀の皿」の語り手の姪トマジである(と思われる)。さらにこの「ドロテアの首...」という作品自体が「ラピスラズリ」と同じ冬眠者一族の物語なのだからこれまでになく過去作を意識した作品であることは間違いない。

いつもながら極めて濃度の高い描写が持ち味で、短い作品だが極めて濃密な世界を味わうことになる。 ファンは必読。でも山尾作品を初めて読む人はイメージの飛躍についていけない人もいそうで、あんまり薦められないかも。