須賀敦子 コルシア書店の仲間たち

ミラノのコルシア・ディ・セルヴィ書店に集う人々と著者の交流を描いた作品。
須賀さんの作品の中でも評価の高い作品だが、それも納得の内容で、作者の青春の記と言っていいと思う。若い日に理想を追い求めて悩んだ経験のある人には胸に迫る作品だと思う。
当時書店はもっとも重要な文化の発信地だった。いや今でもそうであることには違いないのだけど、特に現在の日本の書店のシステムではそこが理解しにくい。欧米の書店って店主が品揃えを自由に考えたセレクトショップ的なイメージがあるが、日本の書店にそういうものはない。あるとしたら古書店だけだ。コルシア・ディ・セルヴィ書店もそういう独自の品揃えをして積極的に社会に対する提言を行った書店なのだ。
そこには理想を抱えた若者や、そんな若者を支持したい大人たちが自然と集うようになる。そんな人々との交流を、場合によっては十数年のスパンで描いて、時代の熱気をはらみながらノスタルジックに描いた見事な作品だ。
 
しかしこの作品でも須賀さんは亡夫ペッピーノ(ジュゼッペ・リッカ)氏について詳しい事を決して描かない。他の登場人物はきわめて詳細に描かれているのに、ペッピーノ氏についてだけはピントを結ばない書き方をされていてそこだけぼかしてあるみたいに思える。それが、若き日の須賀さんがどれほど夫の死に衝撃を受けたのかを示しているように思える。
ただひとつ、彼が亡くなった日の翌日、泊めてもらった友人の家で目が覚めて、ああ、あれはやっぱり現実だったのだ、と思ったというくだりに胸が苦しくなる。
 
この本が出るまでに25年もの月日が流れてもやはり夫の死に直面できないでいたのだろうか。そう思うとこれはとても辛い作品だ。