辻邦生 安土往還記

さて経済ばかりを心配して国民の生命や健康など二の次の日本政府が発令した都府県限定で強制力がない中途半端な緊急事態宣言で一層状況を悪くしている。学生なんかは大学もバイト先も休みだしお店も閉まって不便な東京から故郷に戻る人もいるだろう。そうしてパンデミックは地方へ拡散していくのだ。そんなだからこそ家にとどまるべきだが、どこかの総理大臣みたいに紅茶を飲んで犬を抱くようなことをして無為に過ごすのではなく何か有意義なことをしたい。差し当たっては読書なんてどうだろう。

さてこの「安土往還記」は、織田信長の時代に日本を訪れたイタリア人の目を通して戦国の世を描いた辻邦生の比較的初期の作品である。実は今年の大河ドラマ麒麟がくる」にハマっていて、その参考にと思って読んでみたのだが、織田信長という手垢のついた素材を、この作者一流の視点で描きだしていて文学作品として非常に求心力のある作品である。

この作品は徹底して信長の周辺の事柄についてのみ語られ、明智光秀羽柴秀吉などもほとんど出番がなく、正妻のはずの濃姫帰蝶)に至っては全く記載がない。というわけで「麒麟がくる」の副読本としてはほとんど役に立たないのだが、ここに描かれたストイックでリアルな信長像は今読んでも斬新で、ある意味では「麒麟がくる」での、染谷将太が演じて斬新と評価されている信長と共通点があるようにも思う。欧州人の視点から描かれている点もこの作家ならではのもので、イタリア人の筆者が書いた報告書の翻訳という体裁なのも面白い。そしてこの作家ならではの美しい文章が素晴らしい。安土城での祝祭の幻想的な描写に息をのむ。

しかし、「麒麟がくる」もコロナ禍の影響で撮影が止まってるらしい。うーんいよいよやばいなコロナ。