タブッキ 島とクジラと女をめぐる断片

さていよいよコロナウィルスがヤバくなってきたが、『まだ非常事態宣言を出す事態には至っていない』ってじゃあどうなれば「非常事態宣言を出す事態」なのか。感染者が何千人に達したらとかか?ではそれまでに感染した人は、もし今非常事態宣言を出せば防げたかもしれないわけで、それに対してどう責任取るのか。ほんとにアベって人は人命よりもお金が大事なのね。というわけでなかなかロックダウンに至らない。ロックダウンになったら読もうと買ってた本もちょこちょこ読んでしまうことに。

イタリア人作家アントニオ・タブッキの作品は結構好きで、これまでにも「インド夜想曲」「レクイエム」などを読んだ。どちらかというと詩的で曖昧でつかみどころのない作風が魅力の作家と言える。この作家の「供述によるとペレイラは…」は私の最愛の小説のひとつなのだが、これはそのタブッキのわりと初期の作品。ポルトガル領アソーレス諸島(日本ではアゾレス諸島と呼ばれることが多い)のピムという港街を舞台に、捕鯨船やその周辺を描いた短編をまとめたような作品だ。

クジラや捕鯨に関する断章が多く、特に「その他の断片」と題された短編は、それ自体が登場人物も語られる内容そのものも全く別の断片を集めたもので面食らう事確実。物語らしいのは3つだけで、「アンテール・デ・ケンタル-ある生涯の物語」はある男の生涯がこの作家一流のタッチで描かれる。幕切れが衝撃的。作者が捕鯨を取材した体裁の捕鯨行」は珍しくルポルタージュっぽい。ラストに置かれた「ピム港の女-ある物語」は印象的な作品。すべてを「おれが刑期を終えるのを待たずに死んだ」の一言で説明してしまうのはお見事としか言いようがない。

須賀敦子さんの翻訳が素晴らしい。彼女のエッセイを読めばわかるように、とても美しい日本語を書く人で、この翻訳もとても美しい日本語になっている。須賀さんはタブッキをいくつか(「ペレイラ」を含め)翻訳されているが、どれも素晴らしいと思う。この作品についていえば原題(Donna di Porto Pim「ポルト・ピムの女」)とかけ離れた邦題で、私は元来原題と違いすぎる邦題はあまり好きでないのだが、これは許しちゃう。