ル・クレジオ 心は燃える

フランスの作家ル・クレジオ。ブログのタイトルを「黄金探索者」とするくらいなのだから私がかなり好きな作家である。ただしこの作家、作品の出来不出来にかなりばらつきがあり、さらに翻訳者がまずいと全く魅力が伝わらない場合もある。この「心は燃える」は2000年に刊行された短編集の翻訳で、表題作の中編とかなり短い作品6編からなる。

冒頭に置かれ、本書のほぼ半分の分量を持つ表題作「心は燃える」はメキシコで子供時代を過ごしたクレマンスとペルヴァンシュの姉妹の物語。社会的に成功した姉のクレマンスと、社会の最下層で暮らすペルヴァンシュを交互に描くかなりつらい内容だが、この作家らしいクールな語りで、過去に思いを残すクレマンスと刹那的だったがやがて未来へ目を向けるペルヴァンシュが対照的に描かれて深い読後感が残る。

「冒険を探す」「孤独という名のホテル」はほんの数ページの掌編で、小説というよりは詩のような作品。「三つの冒険」は三人の女性の三者三様の人生の冒険を描いた作品で、これも小説というには規模が小さすぎる作品だ。「カリマ」は殺害された黒人女性の人生を振り返る形で描かれた恐ろしくも美しい作品。「南の風」タヒチを舞台に、フランス系クレオールの少年トゥパの、地元女性への淡い思いを甘くならずに描いた佳作だ。

最後に置かれた「宝物殿」ペトラ遺跡を舞台に、そこを訪ねた青年ジョン・ブルクハルトと、地元の少年サマウェインの二つの視点で描かれた作品。ル・クレジオの作品にはこういう二つの視点を交互に描く、というのが多い。というか「隔離の島」も「回帰」もそうなのだが、正直言ってどちらも成功しているとはいいがたい。本書の「心は燃える」もそうだが、これは二人が姉妹で対照的な人生を歩んでいるからこそ成功しているといえる。この「宝物殿」はジョンとサマウェインは全く接点がない。ストーリーの流れからしてもジョンの視点の部分は必要だっただろうか。サマウェインの話だけの方がずっと良かったように思う。

ル・クレジオは本当に翻訳者を選ぶ作家だと思う。腕の悪い翻訳者にかかると本当につまらない作品になってしまうことがあるのだ。本書は中路義和氏と鈴木雅生氏による共訳で、中路氏は「黄金探索者」「隔離の島」の名訳をものされた方でもあり安心して読めた。