テッド・チャン 息吹

現代最高のSF作家と言うと飛浩隆とこのテッド・チャンが双璧だと思うのだが、この二人の共通するのはその寡作ぶり。飛も30年くらいの間に出した本が5冊くらいというつわものだが、テッド・チャンに至っては1990年にデビューしながらこれがやっと2冊目というのだから恐れ入る。しかもすべて短編である。その作品はそれぞれが全く独立したもので共通の世界観や設定を使ったりしていない点も、最近の作家としては珍しいのではないだろうか。

前作「あなたの人生の物語」も粒ぞろいの短編集で凄かったが、今回も凄い。冒頭の「商人と錬金術師の門」から強烈だ。これはアラビアを舞台に「千一夜物語」のフォーマットで語られるタイムトラベルSF。鮮やかなラストも見事。表題作「息吹」は全く人間とは別の生物(?)の話で、そういう面では面白いのだが、正直この人の作品としてはイマイチだと思う。もはや中編と言っていいボリュームの「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」はAIのキャラを20年にわたって育てるという作品で、現代的なテーマの作品。飛が「廃園の天使シリーズ」でやっていることと同じテーマと言えるのだが、チャンの描く世界は極めてリアルだ。「オムファロス」は神による天地創造が証明された世界を舞台にして、その世界の科学について考察するという驚くべき作品だし、「不安は自由のめまい」パラレルワールドと連絡できるプリズムという物が普及した世界を舞台にする。

これらの作品に接して共通して見えてくるのは我々が人生のあらゆる時点で選択する「自由意志」というものが本当に自由に選択したものなのだろうか、という問いかけだ。これは映画化された「あなたの人生の物語」でも重要なテーマだったのだが、今作はさらにこれを掘り下げた作品群と言えるだろう。

あ~でももう読んじゃったなあ。次の作品集が読めるのは15年後かなあ