ボフミル・フラバル 私は英国王に給仕した

チェコの作家フラバルによる、あるホテル従業員のチェコ人が自らの半生を振り返って語ったという形で書かれた小説。とあるホテルのしがない一給仕に過ぎなかった彼がひょんなことからエチオピア皇帝に給仕する栄誉にあずかり、さらには第二次大戦の混乱と破滅の中億万長者にまでなるが、世の中には共産化の波が押し寄せ財産は没収…という浮沈の激しい人生をユーモアでくるんで読ませる。

まあ言ってみればタイトル詐欺である。全然「私は英国王に給仕」なんかしていない。英国王に給仕したのは主人公の上司だった給仕長である。タイトルからこうなのだから、内容もかなり胡散臭い。特に後半、ナチスの女と恋に落ち祖国を捨ててしまうあたりはチェコの読者にとっては噴飯ものではないだろうか。

どのエピソードもとても面白くてどんどん読んでしまうのだが、結局この主人公は権威に従うことしかできない。生涯の誇りが「エチオピア皇帝に給仕したことがある」というのはつまらない。祖国がナチス・ドイツに占領されたらそちらにしっぽを振り、ユダヤ人から略奪したお宝で財を築き、共産化の末には財産を没収され地方で全く無意味な労働に従事する作業員にされる。そんないくつもの局面で常にポジティブであるということだけは認めないといけないが、時代に流されるだけの主人公にどこまで共感できるだろうか(もっとも時代に流されずナチス・ドイツに抵抗したチェコ人の多くは語る機会さえ失うことになったのだが)。面白く読みながら、これでいいのかと思わずにいられない作品だった。

文章は段落が少なく本に文字がぎゅっと詰まっている感じ。その点ではガルシア・マルケスの「族長の秋」を思い出させるが、内容も雰囲気もガルシア・マルケスと共通する部分はほとんどない。