野谷文昭編・訳 20世紀ラテンアメリカ短篇選

この春からスペイン語を勉強しだした。と言ってもNHKラジオ講座を聴くのとスマホでDuolingoをするくらいなのだが、それで日に2~30分くらいは使ってしまう。そのため本を読む時間がめっきり減少してしまって、この本も読み始めてから読み終わるのに2ヶ月近くかかってしまった。

と言っても、面白くなくて読み進まなかったわけでは全くない。

この作品集は中南米の作家の短編を16作収めたもので、フエンテス「チャック・モール」ガルシア・マルケス「フォルベス先生の幸福な夏」以外はすべて初めて読む作品だ。これを「多民族・多人種的状況/被征服・植民地の記憶」「暴力的風土・自然/マチスモ・フェミニズム/犯罪・殺人」「都市・疎外感/性・恐怖の結末」「夢・妄想・語り/SF・幻想」というテーマ別の四部に分けて収録してある。まあ正直テーマ分けは不必要だったと思うのだが、どれも中南米文学らしく粗野でありながら洗練された、濃厚な作品ばかり。長短さまざまな作品が並ぶが、特に印象に残ったのは収録作品中一番短いアウグスト・モンテローソの日蝕と一番長いアナ・リディア・ベガの「物語の情熱」だろうか。前者は本文わずか2ページの作品だが強烈な文明批判である。後者は夫の両親と同居している友人の家を訪ねた女流作家の話で日常を描いた何げない話と思わせて徐々にミステリー的な展開に嵌っていく巧みな作品。ラストには驚かされる。

その他では最後に収められた2作が強烈。ブライス・エチュニケという作家の「リナーレス夫妻に会うまで」はちょっと頭のおかしい青年がパリからバルセロナへ旅をしてリナーレス夫妻に会う、ただそれだけの話なのにハチャメチャで面白い。ラストに置かれたビオイ・カサーレス「水の底で」は男がある女性と恋に落ちるが、女性が同居している伯父がマッドサイエンシストで、女性の恋人を人体実験に使った挙句半魚人にしてしまっていたというSF的展開。しかしあくまでこの作品は主人公の恋愛について書いたもので、SF要素はその背景にすぎないのがこの作品のミソだと言えるだろう。以前読んだ河出文庫から出ているにもカサーレスの作品が収録されていたけど、それもSFだったような。

他の作品も傑作揃い。というわけで大変面白かった。「ラテンアメリカ怪談集」と一緒に揃えておきたい。