クイーンズ・ギャンビット

NETFLIXのドラマ。「リミテッド・シリーズ」という題目でワンシーズン全7話で完結の作品。世界で大ヒットのドラマということで面白そうだったので観た。原作はハスラー』『地球に落ちてきた男』で知られるウォルター・テヴィスの小説なのだが邦訳はまだない。洋書も現在高値で入手困難なようだ。

1960年代アメリカを舞台に、孤児の少女ベスがチェスで頭角を現す。しかし彼女はクスリと酒にまみれ、孤独の中で苦悩する。

いやこれは素晴らしいドラマだった!チェスという世界を舞台にしたスポコンもの、バトル物といった側面に加えて、天才の孤独と魂の彷徨を描いて物語自体も素晴らしいが、主演のアニャ・テイラー=ジョイがどことなく往年の大女優ローレン・バコールを思わせるルックスと華やかなファッションでいかにも60年代スターの雰囲気を漂わせ観ているものを惹きつけるし、映像も60年代の風物をファッションや車、お店やホテルの雰囲気まですみずみまで再現して見事。最近の日本のドラマみたいに喫煙シーンはなしとか未成年の飲酒シーンはNGとかそんなナンセンスなことは全くない。孤児で、引き取ってくれた義母も急死、ライバルには惨敗して打ちひしがれるが、最後は仲間たちに支えられてライバルに打ち勝つというストーリーも単純明快。

一部では少年ジャンプ的とかいう言い方をされてもいるが、少年ジャンプならワンシーズンで終わるわけないだろうけど、まあ言わんとすることはわからんでもない。強い敵がいてそれを倒すために仲間が力を貸してくれるという展開はとても分かりやすい。ジャンプのマンガと違って全7話できっちり完結しているのもいい。 暴力シーンもいやらしいシーンもないので安心して観れる。チェスに興味なくても絶対面白く観れる。NETFLIXと契約している人はぜひ観て。ちなみにハリー・ポッターでダドリーを演じていた彼も出演している。

ボルヘス怪奇譚集

書店で見かけてつい買った。ボルヘスとビオイ・カサーレスが世界中の書物から選りすぐったちょっとヘンなお話を抜粋あるいは凝縮して集めた不思議な本。

これはすごい本だ。短いものは数行、一番長くて5ページくらいの古今東西の物語が詰め込まれている。出展が各作品の最後に書いてあるが中にはその出展元が謎なものもあると聞くし、ここに書かれたものがその書物の一節を抜粋したものなのかそのストーリーの梗概なのかすらよくわからないのだが、わずか数行の「物語」でも読者をぎくりとさせるには十分な迫力があるものばかり。逆に長い作品のほうが散漫に思えてしまうくらいだ。山尾悠子作品にもつながるような幻想文学的な手触りのものが多く、「怪奇」というのはちょっと違うように思うが、短くても強烈な余韻が残る作品ばかりでなかなか読み進められなかった。

久々に大当たりの一冊。これはぜひハードカヴァーでほしい。

 

ジャンニ・ロダーリ 緑の髪のパオリーノ

イタリアの作家ロダーリの、おそらく子供向きに書かれたショートショート集。以前にも同じスタイルで「パパの電話を待ちながら」があったので第2弾といったところだろうか。

サラッと読めて教訓も含まれている、小さな子に読んで聞かせるにはちょうどいい感じの本で、もうちょっと大きくなったら孫にも聞かせてあげたい。原題での表題作「パオリーノの木」は緑色の髪(葉っぱ)を持ったパオリーノの人生をわずか3ページに圧縮して、そんな異形の人でありながら誰もが彼を認め愛していたことが語られる。これ以外の作品でも、他の人と同じでなくてもいいという事が基本的な考え方で、それが作品に滲み出ているのがヨーロッパらしい。小さい時から人と同じでなければならないと教える日本の教育と大きな差があると思ってしまう。

ほかもロダーリらしいひねりのきいた作品が多いのだが各作品がいかんせん短すぎて、大人が読むにはちょっと物足りないかな、と思ってたら最後のほうは少し長い話が載っている。子供の成長に合わせて後ろのほうの作品を紐解いていくのも楽しそうだ。

翻訳は名エッセイストの内田洋子さん。エッセイにおけるこの方は文章も取り上げる内容も須賀敦子さんの後継者だと思っているのだが、残念ながら翻訳は須賀さんの域にはまだ届いていないかな。ハードルが高いことを承知で言わせてもらえば、ネズミたちの名前とか語呂合わせみたいなところも須賀さんなら日本語の駄洒落に変換してくれたのではないかという気がする。

ジョン・テレン トラファルガル海戦

実家に置きっぱなしだった40年前の本を引っ張り出してきた。1805年、ナポレオンの英国侵攻作戦を阻止すべく、ネルソン提督麾下の英国艦隊が仏西連合艦隊を迎え撃ち、完膚なきまでに打ち破ったトラファルガル海戦についてその戦いに至るまでの経緯と海戦の詳細について書かれたドキュメンタリー。

まだ蒸気船が一般的でなかった時代の海戦の様子はもとより、そこに至るまでの両国・両軍の事情が当時の書簡などを引用しながら詳細かつ立体的に書かれて非常に興味深かった。

ナポレオンは陸戦にかけては天才だったが、海戦についてはまったく理解度が低く、当時の仏海軍司令官だったヴィルヌーヴ提督は英国艦隊と戦う前にナポレオンの無理解と戦う必要があった。また兵士たちの練度も低く、英国の艦が二回砲撃する間に仏・西の艦は一度しか砲撃できなかった。さらにフランス、スペイン、オランダと各国の艦隊の寄せ集めで連携も悪い。これでは勝つわけがない。しかし英国艦隊のほうもドーバー海峡と地中海の両方を防衛する必要があるなど様々な問題を抱えていた。英国艦隊はカディス港など連合艦隊の拠点を封鎖する作戦に出る。

帆船の時代だ。風向きで状況が一変してしまう。無線なども当然ない時代で情報の伝達もままならない。そういう時代にどうやって戦争をしたのか、そういう面でも大変面白く読んだ。ネルソンやヴィルヌーヴにスポットを当てて小説的な部分があると一般の読者にももっと読みやすかったかもしれないが、帆船時代の海戦について知りたい人にはとても貴重な本だと思う。私が読んだのはかなり古い本だが、現在も新版が普通に手に入るようだ。

エリック・シーガル ラブ・ストーリー

映画「ある愛の詩」の原作として有名な作品。高校生の時読んで感動して、同級生で友人の、後に漫画原作者として活躍した鍋島雅治くんに勧めたらこういうのは苦手とか言いながら読んでやはり感動したと言ってたな。その鍋島くんも一昨年の年末に亡くなってしまった。今回古本屋さんで見かけて思わず手に取って40年ぶりくらいに読んだ。

当時としては驚くほどセンチメンタルでナイーヴな作品で、しばらく前に日本でも流行った純愛小説(ケータイ小説)のハシリといえるだろう。今読むとあまりにも短くて物足りないが、青春の痛みを瑞々しく描いた佳作だと思う。1980年頃のアメリカの風物がしっかり描きこまれノスタルジーを感じさせる。ウィットに富むヒロイン、ジェニファがとても魅力的で、何もかもうまくいっていた幸福の絶頂から一転してのラストは胸が苦しくなる。この作品は凡百の恋愛小説とは違い、主人公オリバーとジェニファの間柄と並行して、それぞれの親との関り、特にオリバーと父親の反目がテーマになっていて親子愛の物語でもある。「ラブ・ストーリー」というタイトルはそういう意味でもあると思う。

さてこの作品を語るうえで外せないのはジェニファのセリフ「愛とは決して後悔しないこと」。この原文は「Love means never having to say you're sorry」。「後悔」は「sorry」で、謝る、残念といった風にもとれる。よくよく考えてみると、このセリフは言い争いの後オリバーが「ごめん」というのに対して、いつも機転のきくセリフを口にするジェニファが、いつもの機転を働かせて答えたセリフなのだ。だからそこでのニュアンスとしては「愛とは決してごめんって言わないってことよ」が一番近い。というかここでジェニファが「愛とは決して後悔しないこと」というのはかなり唐突な印象さえある。ラストで同じセリフをオリバーが父に言うが、その時は「愛とは決して後悔しないこと」の方がニュアンス的に近くなる。「愛とは決してごめんって言わないってこと」と「愛とは決して後悔しないこと」は日本語では言葉も意味も違うので翻訳はどちらかに統一する必要がある。そう考えると翻訳ってほとんど不可能に近いほど難しいものだなあと改めて思う。

ところで昔読んだのと微妙に文章が違っている。「サノバビッチ」を「鉄面皮」と訳してあったのがこの現行版では「クソッタレ」となっているが、「鉄面皮」の方がその後の会話との繋がりがいいと思うんだけど。

その後のオリバーを描いた続編「オリバー・ストーリー」というのがあって、これ実家に本があると思う。読んでみようかな。

麒麟がくる

2020年のNHK大河ドラマ明智光秀を主人公に、彼がなぜ本能寺の変に至ったのかを描いた作品。ご存じの通り放送開始直前に主要出演者が逮捕されるという事態になり、急遽代役を立てて撮影しなおしたため、放送開始が2週間伸びた上に、春からのコロナ禍で撮影中止を余儀なくされ途中で放送も中断されるという異例の事態に。結局年明けの先日7日に最終回が放送されて完結した。

明智光秀という人は謎が多い。信長の家臣となる以前の前半生がよくわかっていないし、本能寺の変そのものが、なぜ彼がそんなことをしたのか謎だらけだ。さらに彼の、歴史書に書いてある死亡のいきさつは山崎の戦いに敗れ、敗走中に夜盗に殺害され、首は隠されたのだが発見されてその後晒されたとなっているが、これもかなり怪しいと思う。その後生き延びて徳川幕府の形成にかかわったとも言われるがその傍証(徳川幕府周辺で明智の関係者が結構重用されているなど)も意外と多い。「麒麟がくる」では、光秀がなぜ本能寺の変を起こすに至ったのかを非常に丁寧に描いたうえ、生存説を支持する形でのラストになっていたのは新鮮だった。

作品全体も前半は斎藤道三との、後半は織田信長との関係に力点が置かれ、光秀を強烈なこの二人の主君に仕えながら平和な世を目指した理想主義者として描かれていたのもこれまでにない光秀像だったと思う。

途中架空の登場人物の平民の女性、駒や伊呂波太夫が大活躍で、彼女らのコネクションが強力すぎて鼻白むところもあったが、コロナ禍で撮影が遅れ、大規模な戦闘シーンなどの撮影が困難になったうえ俳優のスケジュールが厳しくなった中でドラマ的には面白い方向性だったのではとは思う。ただ駒を演じた女優さんがちょっと暗いイメージであまり好きではなかったかな。

主演・光秀の長谷川博巳、道三の本木雅弘、信長の染谷将太など新鮮なキャストがそれぞれ新鮮な武将像を描き出して面白かったが、なかでも佐々木蔵之介が演じた腹黒い秀吉が見事だった。

それとなんといっても代役で道三の娘帰蝶を演じた川口春奈。彼女はこの作品で大きく株を上げたよねえ。もともとこの番組観る気なかったのに観始めたのは彼女を見たかったからなんだけど、おかげで一年楽しく観ました。大河ドラマ通しで見たのっていつぶりだろう。面白かった。

ジェレミー・マーサー シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々

カナダでジャーナリストとして活躍していた著者が、ある事情からヨーロッパに逃亡せざるを得なくなり、無一文となってパリの超有名書店「シェイクスピア・アンド・カンパニー」にたどり着き、そこで過ごした1年間を描いた作品である。この店が先日観た「チャンドンゴンと行く世界夢の本屋」というドキュメンタリー番組で紹介されていたこともあって大変興味深く読んだ。

この「シェイクスピア・アンド・カンパニー」という書店は、共産主義者アメリカ人店主ジョージ・ホイットマンが創業した書店で、戦前ヘミングウェイフィッツジェラルドジョイスなどの有名作家が集まる超有名店だった同名の書店の名を受け継いでいる。書店でありながら行き場のない若者たちを、労働を条件に書店に住まわせて受け入れるという共産主義の共同体を具現した書店だった。

当時86歳の店主ジョージの破天荒さを筆頭に、ユニークな住民たちの様々なエピソードが語られ、どのエピソードも楽しく読める。「シェイクスピア・アンド・カンパニー」という書店を中心に様々な人生と青春が語られ、そこにはノスタルジーさえ漂う。読みながら須賀敦子さんの語る「コルシア・ディ・セルヴィ書店」も「シェイクスピア・アンド・カンパニー」と似たような雰囲気だったのではないかと思った。

上記の「チャン・ドンゴンと行く…」という番組の中で、現在は創業者ジョージの娘が経営しているということで、シルヴィアという女性(ちなみにかなりの美人)がインタビューを受けていたが、そのシルヴィアを著者が英国にまで訪ねて長年疎遠だったジョージと引き合わせるエピソードが最後の方で語られている。結果的にはこれがシルヴィアが店を継ぐきっかけになったわけで、そうすると著者は、ジョージ一代で終わりになりそうだった「シェイクスピア・アンド・カンパニー」を救った男だともいえるのだ。

全体にはちょっと変わった切り口の、でもとても素敵な青春小説だ。

私もジョージみたいなジジイになりたいな。